「はつ恋」に思う事。
オヤジは日本史が大好きだが、興味の主流は下剋上の戦国時代で、坂本龍馬が活躍した幕末の頃にはほとんど興味が無いのだが、昨年から「龍馬伝」の影響で高知の街を歩くと「龍馬、龍馬」と色々な物がやたらと目に付き始め、今年に入ると「土佐・龍馬であい博」なるものも始まり、気分的にこのドラマを見ざるを得ない状況になっているのだ。
まぁ、ドラマの内容は面白く、土佐人のオヤジも知らない龍馬のエピソードが沢山あったり、主演の福山雅治の土佐弁が妙にこそばゆかったり、逆に広末涼子の土佐弁に、
「上手い!」
などと叫んだ後で、
「あたりまえか・・・。」
なんて呟いたり・・・とまあ今の所、全く退屈していないのだ。
女房などは、福山の龍馬を見て、
「イイ男よねぇ~~~、私、福山雅治にギュ~とされたい!」
などと言い始める始末で、傍で眺めるオヤジは、
「福山雅治がお前なんかをギューとするかい!アホ!」
などと呟きながらも、
「しかし、福山雅治って、男から見てもカッコイイよなぁ~。オヤジもあの顔とスタイルだったら人生変わってたろうなぁ・・。」
などと、つい馬鹿馬鹿しい事を考えたりするのだ。
さて、この福山雅治だが、役者でもあるが歌手でもある。恥ずかしい話だが、オヤジはこの人の歌う「はつ恋」という曲が結構好きだったりするのだ。(←別に恥ずかしい事でもないか・・・。)
懐かしい出来事とダブる訳でも無く、頭の中に何らかの風景が浮かんでくる訳でも無いのに、何故か「はつ恋」は妙に気になる曲で、昨年から何回か耳にする度に、
「悪く無いぞ・・・。」
そう思うようになっているのだ。
今回YouTubeでじっくり聴きながら、
「一体この曲の何が気になるのだ・・・?」
なんて事を冷静に考えたら、ある事に気が付いた。今回はそのお話をしたい。
さて、これから書く事は福山雅治のファンの方には、少々嫌な話になるかも知れないが、あくまでもオヤジの独断と偏見に満ちた妄想話と言う事で、聴き流してもらいたいと思っている。
まず、この「はつ恋」という曲、オヤジのような中年男が聴いてもジンワリと心に響き共感出来る歌詞をしている。情景が頭に浮かぶのではなく、心情がよく分かるのだ。福山雅治本人の作詞なので、外見のカッコ良さばかりでなく、彼自身がキチンとした大人の世界を持っている人物である事が歌詞から分かる気がするのだ。
と、そこまでは良いのだが、問題は曲なのだ。こちらも福山本人の作曲だが、オヤジは、
「ん?何となくどっかで聴いた事あるような旋律だよなぁ・・・。」
なんて事を、出て来るフレーズ全てに感じてしまうのだ。
悪い言い方をすれば、
「何処かで聴いた事のあるフレーズをつなぎ合わせて、全体的に上手くバランスをとって作った曲や!」
そんな事が言いたくなってしまう。
「福山雅治がパクリをしている!」
とまでは言わないが、オヤジは、
『彼が「はつ恋」を作る上で頭の中で流れたコード進行と旋律は、彼が聴いてきた音楽の何処かに全て存在している。』
そんな気がしてならないのだ。
まぁ曲を作る場合、その人の体に染み込んでいる曲の数々の影響を受けない方がおかしい事は分かっているが、「はつ恋」という曲に関しては、その辺が何となく見え過ぎる感があると思っている。
さて、オヤジの個人的な思い込み話はここまでにして、改めてYouTubeで「はつ恋」を聴こうと思う。
「カラオケで歌うような暴挙には出ないまでも、鼻歌で歌えるぐらいにはしたいものだ・・・。」
なんて密かに思っているのだ。ちょっと悪口を言いながらも好きな曲である事は間違いないのだから、余計な事は考えずに楽しもうと思っている。
そうそう、福山雅治氏には、最後まで面白い坂本龍馬を見せてもらいたいと期待している。頑張って欲しいのだ。
はつ恋:福山雅治
[Music 福山雅治]
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