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土佐のオヤジの音楽昔話 ~ あの頃の曲を聴いてみた ~ ナニワ・エキスプレス
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浪速エキスプレスの「ジャスミン」で思い出す『困惑のお手伝いバンド』の話。

2010.01.23 Sat
ワインド・アップ

 前回の昔話から大学2回生の頃の事を書いている。
 考えてみると、この大学2回生の頃が僕の人生の中で一番バンドに対して燃えていた時期で、メインのバンド活動以外にもサークル内のいくつかのバンドで、『お手伝い』と称してベースを弾いていた。
 僕は、
「あちこちでの演奏が最終的には自分のベースプレイのセンスを磨く事になるのだな。フフフッ!」
 なんて、自分勝手な思い込みを持ちつつ、とにかく音楽的な密度だけは濃い毎日を過ごしていたのだ。
 さて今回は、この『お手伝い』したバンドの演奏で、一生忘れられない思い出になっている話をしたいと思う。まぁ実に馬鹿馬鹿しい話だが聞いて欲しい。
 4月になると僕が所属していた「M」という音楽サークルにも男ばかり6人の新入生が入って来た。僕は彼等と音楽の話をする中で、フュージョンが好きなギターのT村君という男と仲良くなった事を覚えている。
 T村君は岐阜県出身で、2浪の後大学へ入学したので実際は僕と同い年で、また、お互い地方出身者という事もあり、何となくウマが合い、6月の初めに江古田駅近くの居酒屋で一緒に酒を飲む約束をした。
 当日、僕は店に向いながら、
「T村はギターも上手いし、性格も良さそうだし、何かの時には一緒にバンドやっても面白いかもなぁ・・・。まぁ、今日はゆっくり話をしよう・・・。」
 なんて事を考えていたが、いざ店に入るとT村君の隣に、同じく新人のY田君という男が座っていた。
 T村君が、
「コイツ、K本さん(←オヤジの本名です)と飲むって言うと、勝手にくっついて来たんですよ。」
 なんて言っている。Y田君は、
「俺、K本さんと飲みたかったんですよ~わははははは~。」
 なんて笑いながら、自分の好きな音楽の事をペラペラ喋り始めたのだ。
 僕はこの時初めてY田君と話したのだが、彼は高校時代からアルトサックスを吹いていて、我々と同じようにフュージョン系の音楽が好きとの事だった。
 僕自身も、
「まぁ、T村と2人で飲むより、Y田がいた方が賑やかで面白いかもなぁ・・・。」
 なんて考えて、結局3人で飲む事になったのだが、酒が進むうちに、いい加減うるさいY田君が真っ赤な顔で、
「先輩!バンドやりましょうよ。バンド!メンバーは俺が集めますから。ベース弾いて下さいよ。フュージョンやりましょうよ!フュージョン!」
 なんて大声で言い始め、
「おい!T村、お前ギター練習しろよ!バンドに入れてやるからな。俺の目指すバンドは超技巧派集団のフュージョンコミックバンドだからな!」
 なんて、意味不明な事を叫び始めたのだ。
 僕もT村君も、Y田君があまりにうるさいので、適当に、
「分かった、分かった。フュージョンでも演歌でも民謡でも何でもやってやるよ。」
 などと言って、適当にあしらっていたのだが、最終的にY田君は前後不覚のベロベロ状態になり、しょうがなく残った2人でY田君をT村君の下宿に連れて帰ったのだった。
 T村君の部屋で高イビキのY田君を見ながら、僕とT村君は、
「それにしてもコイツ、めちゃくちゃ酒が弱いなぁ・・・、現役生だからほとんど飲んだ事無いんじゃないの?正味、酎ハイ1杯ぐらいしか飲んでないぞ・・・。」
 なんて事を話していたのだ。
 さて、それから10日ほどして、僕は突然Y田君に学食で呼び止められた。
「先輩、メンバー集まりましたよ。7月のミニコンサートへ出ましょうね。もう4曲ほど決まってますから。わはははは~。」
 なんて事を言うのだ。
 僕はほとんど居酒屋での話なんか忘れていたので、
「おい!お前『出ましょうね』って何よ。俺もメンバーに入ってるワケ!?」
 と聞くと、
「だって、この前OKしてくれたじゃないですか。たった4曲だから。嫌なら1回でやめてイイですから。ね、今度のミニコンサートだけは手伝って下さいよ。」
 なんて言うので、渋々
「分かった、分かった。んで、何をやるのよ?」
 と聞いた後に、Y田君が紹介した4曲は、当時一世を風靡していたT-スクェア浪速エキスプレスの曲だった。
 4曲共にハードルが高い上に、誰もが知っている曲で、ほとんどがY田君のサックスがフューチャーされた曲だったので、僕が、
「おい、お前ホントにそんなのやるのかよ?大丈夫かよ?」
 というと、
「今、必死で練習してますから!わはははは~」
 との事だった。
 この時僕は何となく嫌な予感がしたのだが、Y田君以外のバンドのメンバーが、ギターがT村君、キーボードが女性で3回生のO村さん、そしてドラムが当時ジャズ研でドラムを叩いていた2回生のM岡君と、実にマトモだった事から、
「ほ~~っ、それならやってみるか・・・。」
 と思ったのだった。
 さて、このメンバーでの練習初日。話を聞いてみると、O村さんもM岡君もY田君の強引さに負けて、自分のバンドが忙しいにも拘わらず、
「今回だけだよ!」
 という事で参加したようだった。
 その上、どれも難しい曲だったので、僕を含め全員がこの日までに曲をコピーするのに悪戦苦闘したのだった。
 で、いざ音を出してみると、
「あ~あ~、やっぱりねぇ・・・」
 と思ったが、もう遅い。
 そう、Y田君のサックスがヘタクソなのだ。
 これには参った。メロディーラインのリズムは悪いし、アドリブは音が外れまくって、アドリブになってないのだ。我々がY田君に、
「お前、音外しすぎだよ。」
 というと、彼は、
「これが俺のアドリブなんですよ。アナーキーでしょう?」
 なんて笑っている。我々は呆れ果てて、
「こりゃ~エライ事になったぞ・・・。こんなバンド引き受けるんじゃなかったよなぁ・・・。」
 なんて考え始めたが、Y田君だけはやる気満々で、この日の練習は終始調子外れのサックスが部室に響き渡っていたのだ。
 最終的にY田君以外全員が、
「こりゃ、人前で演奏出来るようなモンじゃないぞ!でも、ここまでコピーしたんだから止めるのももったいないし・・・。」
 そう思い、練習後のミーティングで僕とM岡君が、
「Y田、お前はアドリブ吹かなくてイイから、とにかくメロディーだけキチンと吹いてくれ。曲の主旋律がマトモじゃないと、曲にならんから。いいな。」
 そう言って、その後の練習は、
『Y田君のパートは曲の主旋律だけ!』
 となったのだった。それでもY田君のサックスのリズムの悪さは大変なモノで、一緒に演奏する我々は、練習の度に気分が落ち込むのだった。
 こんな調子の練習だったので、曲の出来は不安だらけで、本番当日、僕は朝から気分が重かった記憶がある。
 さて、この時のミニコンサートとは、我々のサークルが不定期に行う催しで、土曜日の午後に高さ50センチほどの簡単なステージをキャンパスの中庭に作り、その前にパイプ椅子を並べて客席を作り、ウロウロしている学生に自分達の音楽を聴いてもらうコンサートなのだ。
 僕は自分が従来から所属するバンドの演奏を終えて、入れ替わりに次のバンドがセッティングを始める中、ベース片手に楽器置場となっているステージ横の学生会館へ入った。その後に迫った今回の『お手伝いバンド』の演奏の為に、最後の個人練習をしようと思ったのだ。学生会館のホール付近には他のメンバーも揃っていたのだが、Y田君の姿が見えない。僕が、
「あら?Y田は何処行った?」
 と聞くと、
「ん?さっきまでウロウロしてたのに・・。それにしても、あいつ異常に緊張してますよ。大丈夫かな?」
 とT村君が答えた。
 暫くして、戻って来たY田君の手には飲みかけの缶ビールが握られていた。僕が、
「お前、弱いんだから飲み過ぎるなよ!」
 と言うと、Y田君は、
「大丈夫ですよ。リラックスする為ですよ!」
 なんて言っていたが、上半身は裸で少し目が据わっていた。僕はまたも嫌な予感がした。
 そして、いざ本番。
 我々が1曲目に演奏したのは、浪速エキスプレス「ジャスミン」という曲だった。当時、発売されたばかりの「ワインド・アップ」というアルバムの最初を飾る曲で、ドラムとベースのリズム陣がうねる派手な曲だ。「ジャスミン」はY田君が選んだ4曲の中で唯一、ギターが主旋律を弾く曲で、サックスに問題があるバンドとしては、
「滑り出しだけでもマトモに行こう!」
 という考えがあったのだ。
 序盤は上手くいっていた。ところが、主旋律の後のO村嬢のキーボードのアドリブ部分になると、突然Y田君がヘンテコな合いの手を吹き始めたのだ。
 我々が顔を見合わせながら、
「おいおい!Y田、お前、どうした?酔ってるのか?」
 なんて思っていると、突然O村嬢のアドリブに合わせて、Y田君は激しく腰を振って踊り出したのだ。その何とも言えないタコのような踊りを見たサークルの皆は大笑いした。これを
「ウケた!」
 と解釈したY田君はその後も激しく腰を振りながら踊り続け、本来自分が吹くべき部分は例の調子外れの音を炸裂させ、最終的に曲が終る直前に低いステージから客席にころげ落ちたのだ。
 あまりの事に、演奏している方も、見ている方も呆れ返ったが、その後が大変だった。曲が終った後も、うずくまってステージへ上がらないY田君の様子に、サークルの友人達が騒ぎ始め、その後は尋常じゃない痛がり方をするY田君を見て誰かが救急車を呼び、キャンパスは騒然となり、ミニコンサートは中断し、大騒ぎの中で彼は病院へ運ばれて行ったのだ。Y田君は右足首を骨折し、しばらくの間入院する事になり、このバンドは「ジャスミン」を演奏しただけで解散となってしまった。
 その晩、僕はY田君に怒る気力も無くして、
「しっかし、馬鹿みたいな話やなぁ・・・。」
 なんて言いながら、サークルのメンバー達と盛り上がらない打ち上げの席にいた事を覚えている。
 さて、久しぶりに浪速エキスプレスのアルバム「ワインド・アップ」から「ジャスミン」を聴いてみた。古いカセットテープなので少々音が悪いが、当時一生懸命にコピーした思い出があるので、実に懐かしいのだ。
 不思議な事に「ジャスミン」を聴くと、Y田君の顔よりも、回りで困惑するバンドのメンバーの顔が頭に浮かぶ。本来なら、1回の練習で即止めるべきバンドだったかも知れないが、こういう結果になった事で、T村君やM岡君とは卒業まで顔を合わせる度に、『Y田の骨折話』で盛り上がる事になり、今となってはY田君に感謝している。いずれにしろ、初夏の日差しが強いステージで、「ジャスミン」に合わせて上半身裸で踊りまくるY田君の姿は、強烈に頭に残っているのだ。
 それにしても、退院後に松葉杖をついてサークルに現れたY田君の第一声が、
「先輩!また、やりましょうね!」
 だったのには恐れ入った事だった。

Jasmin ~ Believin' : NANIWA EXPRESS 


 
[Music ナニワエキスプレス]



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