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土佐のオヤジの音楽昔話 ~ あの頃の曲を聴いてみた ~ 夢一夜
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べふ峡で、思い出した曲二つ。

2011.11.25 Fri
 いやはや、寒くなってきた。先週あたりから南国土佐と言えども冬の気配がビンビンに迫っているのを感じてしまう。オヤジは早々に下着をユニクロのヒートテックにして、生姜紅茶を飲む日々となっているだ。
紅葉1 さて、そんな寒い中、オヤジは女房と勤労感謝の日に「べふ峡」まで紅葉見物に行ってきた。ここでちょっと説明しておくと、「べふ峡」とは高知市から車で2時間近く走った徳島県との県境付近の渓谷で、高知県内でも1、2を争うほど紅葉が綺麗な場所だ。
 今年は紅葉が遅いと言われていたけれど、先週からの冷え込みでやっと木々が色づき始め、情報番組で
「今が見頃ですよ。」
 なんて言っていたので、
「んじゃぁ~ちょいと行ってみるかねぇ・・。」
 と軽い気持ちで出かけたのだが、コレが馬鹿にしちゃいけない、(←別に馬鹿にしてないけどさ・・・。)実に美しかった。
 当日はあいにくの雨模様にもかかわらずたくさんの観光客が見物に来ていて、駐車場は満車状態。
「何で、こんな山間の狭い道に車が溢れとるんじゃ!ええ!?」
 なんて文句を言いながら、なんとか車を停めた我々は、約30分間自然の中を散策したのだった。
紅葉2 散策中に小学校の頃に音楽の授業で習った曲「もみじ」が頭に浮かび、
「♪秋の夕日に~♪照る山もみじ~♪」
 などと口ずさんでみたが、雨天で真昼間という事もあり「もみじ」の詞の世界と実際の眺めは全くチグハグで、イマイチであった。でも、美しい紅葉を前に頭に浮かぶのはこの曲ぐらいしか無かったのでしょうがないのだ!と、自分勝手な言い訳しておいて、この「もみじ」なる曲の超個人的な話をしたい。
 オヤジは「もみじ」を耳にすると、小学校時代を過ごした山の町の風景が頭に浮かんで来る。子供の頃、遊び疲れて家路を急ぐ途中、夕日に映える秋の山々を眺めて、子供心にも、
「紅葉って美しいなぁ・・・。」
 そう感じた事を覚えているからだ。「もみじ」に出て来る『松を彩る楓や蔦は、山のふもとの裾模様』なる詞は、オヤジが育った家から見えた山々の風景とそのままリンクしており、懐かしい子供の頃の思い出と共にオヤジの心の中にずっと生き続けているのだ。
懐かしの唱歌 とまぁ、このように当時学校で習った小学唱歌は子供の頃の記憶と共にオヤジの中にどっしりと根を張っている曲が多い。ふと思ったのだが、今度様々な小学唱歌を順番に聴いてみたいものなのだ。
 って、イカン、イカン、話がそれた。軌道修正して紅葉の話へ戻るが、この文章を書くために家に帰って「もみじ」の歌詞を調べていて、もう1曲頭に浮かんだ曲があった。南こうせつ「夢一夜」だ。
 「もみじ」の2番の歌詞の『赤や黄色の色さまざまに、水の上にも織る錦』の部分から、「夢一夜」『床に広がる絹の海』なる歌詞が頭に浮かんできたのだ。
 オヤジは「かぐや姫」のアルバムを中学生の頃に何枚か聴いてギターでコピーして喜んでいたので、南こうせつは割と好きなアーティストなのだが、ソロになってからの彼には全く興味が無かった。しかし、昔たまたまテレビで「夢一夜」を聴いた時に、
「この曲はええぞ~。恋する女性の秘めたる想いと切なさを感じさせる詞の世界は凄い!」
 なんて事を考え、以来「夢一夜」は大好きな曲となっている。
 今回、もう少し調べてみてわかったのだが、この曲、作詞が阿木耀子である。
「なるほどねぇ・・・・上手いはずだわ・・・。」
 なのだ。
夢一夜 オヤジは、「夢一夜」の歌詞での女性が男性とのデートに着て行く服が決まらずに部屋中に脱ぎ散らかした着物の美しさと、「べふ峡」で見た紅葉の美しさを頭の中で勝手に重ね合わせている。相変わらず自分勝手な想像と妄想の世界である事は分かっているのだが、この曲に歌われた女性の妖艶さと切なさが、先日目にした素晴らしい紅葉によって、より現実的なイメージとしてオヤジの中に出来上がった気がしているのだ。
 今回、残念な事に「夢一夜」の音源が無いのでYouTubeにお世話になったが、ちょっと本音を言うと、
「歌うのは南こうせつじゃなくて、他にもっと良い人物がいそうな気がするけど・・・。」
 そんな気がしているのも事実なのだ。
 ではまた・・・。

紅葉(もみじ)


夢一夜/南こうせつ



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Category: 自分勝手な話 | Comment(6) | Trackback(0) | top↑ |