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土佐のオヤジの音楽昔話 ~ あの頃の曲を聴いてみた ~ 高校1年の頃
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イエスの「ザ・クラップ」でスティーブ・ハウの物凄さを知った話。

2007.07.27 Fri
イエスⅢ

 高校になっても、中学同様に僕のプログレ熱は、ハードロック熱と平行して続いており、
その中心にいたのは、やっぱりイエスだった。
 アルバム「こわれもの」で衝撃を受けた僕はその後、「危機」、「イエスソングス」、「リレイヤー」と聴いていって、イエスのスティーブ・ハウが1番好きなギタリストになった。(←その後、30年近く経った今でも最高のギタリストだと思っている。)
 彼は、普通のエレキギターのみならず、アコースティック、スティールギターと器用に何でも弾きこなし、それが、めちゃくちゃ上手いのだ。
「ああいうギタリストにならないかん!」
 と、その頃の僕は、本気で思っていた。
 僕らがよく通っていたレコード店で、イエスのライブ映像が見られるという話を聞いて、バンド仲間数人と見に行った事がある。
 その店は、帯屋町にある大西時計店という店で、2階のレコード売場のテレビで、ビデオを鑑賞する事が出来た。
 店員にお願いして、ビデオをセットしてもらい、吹き抜け部分の前に設置された大型テレビに映し出されたイエスの姿は、なんだかきれいな人形みたいな感じだった。
 彼らの衣装はキラキラでヒラヒラ。髪の毛はサラサラのロン毛で、派手なアクションがあるわけでもなく、演奏に没頭していて、なんとなく女のような印象をうけた。
 ロックの汗のイメージではなくエメロンシャンプー(←古いよなぁ~。)のイメージだ。でも、そんな世界が嫌いじゃない僕は、
「そうか~プログレはハードロックみたいに汚かったらいかん!俺もこれからは美しゅうないといかんぞ。キラキラもヒラヒラも、えいぞ、えいぞ~」 
 と、密かに思った。この事が大学生の時に学祭で化粧をしてライブをした事に関連していると思う。(←一部では美しいと評判だったけど・・今思うとキモいよなあ~。)
 今となっては、ビデオの内容は、ほとんど思い出せないのだが、一曲だけ強烈な印象で覚えている曲がある。それが、「ザ・クラップ」という曲だ。
 スティーブ・ハウが例のキラキラ・ヒラヒラで長い金髪をなびかせ、アコースティックギターをさげて登場し、いきなり弾き始めた印象がある。
 これには参った。降参した。物凄いのである。ギターソロの短い曲なので、すぐに終わってしまうのだけれど、彼の驚異的なテクニックにあっけにとられてしまった。
「なんじゃ・・・?今のは・・・?おい、見たかや?アコースティック1本でなんであんな事が出来るがな?えぇ?何しよったか全然わからんかったぞ。」
 と、非常に興奮した事を覚えている。
 それから僕はこの曲を探し求めるのだが、この時一回見たきりで、曲名も知らなかったので大変だった。
プログレ好きのY川君に、
「おい、こないだ一緒に見たビデオでスティーブ・ハウがソロで弾いた曲の名前知っちゅうかや?」
 と、聞くと、
「さあ~知らんぞ~。あんな曲聴いたことなかったぞ~。ひょっとしたら、ライブやき、客を喜ばすアドリブやないが~?」
「あほう。なんぼ言うたち、あれはアドリブでは弾けん。あれがアドリブやったらスティーブ・ハウは宇宙人じゃ。キチガイじゃ。」
 なんて事を言っていた。
 当時、僕らが曲を手に入れる方法は、LPを買うか、借りるか、ラジオのFM番組をチェックして録音するかの方法しかなかったので、(←レンタルレコード店はまだ無かったなあ。)結局、情報不足で謎の曲のまま時間が経っていった。
 僕がこの曲に再会するのは、それから4年後の大学1年の時だった。「ザ・クラップ」はイエスのサードアルバムにちゃんと収録されているのだが、悲しい事に、当時の、僕の周りには、このアルバムを持っている友達はいなかったのだ。(←結構有名な曲が収録されて、いいアルバムなのに、何故だろう?) さて、今改めて聴いてみると・・・。
 「ザ・クラップ」はライブでの録音がされている事を今回思い出した。あの時思ったように、やはりちょっと真似出来ないくらい難しい曲で、
「やっぱりスティーブ・ハウはすごいよなぁ~」
 と、感じてしまう。
 彼は、出てくるアドリブが普通のギタリストでは絶対に弾かないような個性的なフレーズで、
「もう、血というか遺伝子レベルで、普通のギタリストじゃないのだ。」
 と、思ってしまう。
「どんな環境で、どんな物食べながら、どんな音楽を聴いて大きくなると、こんな不思議なギタリストが出来るのか?それが知りたいもんだ。」
 と、思った事でした。


Steve Howe : The Clap


 

[M;Yes]


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レインボーの「キル・ザ・キング」と合宿の流れ星の話。

2007.08.03 Fri
レインボーオンステージ

 高1の夏休みの終りに、僕達はバンドの合宿を計画した。場所は高知市から1時間ほど離れた僕の実家の近くにある神社の社務所で、数日間無料で貸してくれるとの事だった。
 叔母さんに頼んで、軽トラックでドラムセットやアンプ類、キーボードなどを実家へ運んでもらい、そこから山の上にある神社まで皆で楽器を運んだ事を思い出す。
 秋口に何組かのバンドが出演するコンサートを控えて、集中的に練習しようと思った事もあるが、今考えると、単に、
「コンサートに向けて、皆で合宿をする!」 
 という事をしてみたかったんだと思う。
 その頃のメンバーは当初のメンバーから少し変っていて、元々ベースのK藤君がボーカルになり、代わりにプログレに詳しいY川君がベースを弾いていた。
この合宿の練習曲のメインは、レインボー「キル・ザ・キング」で、僕達はコンサートの1曲目で、この曲をぶちかましてやろうと考えていた。
「キル・ザ・キング」は、ギターのリッチー・ブラックモアとドラムのコージー・パウエル、ボーカルのロニー・ジェームス・ディオの三人がレインボーに在籍していた、油の乗り切った時期の代表曲で、気持ちの良いスピード感が特徴の曲だ。
 僕がこの曲を演奏したいと思ったのは、かっこいいのはもちろんだが、ちょっと前にレパートリーに加わったディープパープル「紫の炎」がわりと上手くいった経験から、
「うちのバンドは、ドライブ感のある曲が向いているんじゃないか?」
 と、思っていたからだ。
 まあ、そんな思いもあり、合宿の数日間で、この曲が演奏出来るようになった記憶がある。
 この合宿の日々は、そんな事以外、あまり記憶に無いのだが、一つだけ頭にこびりついて離れない事がある。
 流れ星の事だ。
 合宿中、僕ら5人は枕を並べて寝ていたが、毎晩のように夜更けまで色々と話し込んで、時には明け方まで起きていた。色気づいてきた僕達の話の内容は、8割が女の話だった。
 キーボードのI川君が
「俺は秋のライブが済んだらSちゃんに告白するぞ。」
などと言い始めると、
「お~そうか、そうか。それはえいにゃあ~。おんしゃあSが好きやったがか?そういえば、なかなか可愛いもんにゃ~」
 と、ボーカルのK藤君が話を聞いてやる。
「おう。かっわいいろうがや。俺はこの枕をSちゃんやと思うて寝るぞ。」
「よだれ垂らすなや~。」
「あほう、なんでお前はそうロマンチックやないがな?そういう男は女にもてんぞ!」
「まあ、俺の彼女はドラムやきねえ~。」

 などと、ドラムのN田君が言っている。
 こんな風に僕達は、“Aさんがいい”だの“Bちゃんが可愛い”だの、“告白するにはどういう設定が良いのか?”とか、“どんなデートをするのがベストか?”など、実にたわいもない事を、真剣に明け方まで話していたのだ。
 そんな真夜中に、このての話をあんまりしないベースのY川君が
「おい~。外見てみいや~。星がすっごいきれいなぞ~。」
 と言って、窓を全開にして、皆で眺めた夜空は、本当に見事であった。
 手が届きそうな所に無数の星がちりばめられた夜空があり、その中から1~2分ごとに流れ星が落ちてくるのだ。
 K藤君が、
「おいI川、こういう所でSに告白をせんといかんわや。」
「そうやにゃ~。なんで男ばっかり5人で流れ星に願い事せないかんがなや?。けんど、冗談ぬきで、まっこときれいやにゃ~。」

 と、皆で暫く夜空を眺めていた事を思い出す。
 久しぶりに、レインボーの「キル・ザ・キング」を聴くと、突然こんな事を思い出してしまったのだ。
 僕は、昔聴いた曲を聴くと、その頃の風景とか会話を思い出す事が多い。「キル・ザ・キング」もそんな1曲なのだ。

Rainbow : Kill The King





[Music Rainbow]


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ヴァン・ヘイレンの「ユー・リアリー・ガット・ミー」をラジオで知った話。

2007.08.10 Fri
炎の導火線

 僕は高1ぐらいから、当時、NHK-FMで放送していた渋谷陽一のヤングジョッキー」という番組を、毎週のように聴くようになった。
 夕飯も食べて、風呂も入り、下宿の部屋でのんびりしている時間だったので、夜9時か10時ごろからの番組だったように思う。
 この番組が良かったのは、DJの渋谷陽一氏が、「いわゆる僕ら好みのロック」をちょっとマニアックに、新旧取り混ぜて紹介していた事だった。
 洋楽の情報が少ない土佐の高校生には、まことに有り難い番組で、翌日の学校では、渋谷氏のなんとなく自虐的なギャグも含めて、よく休み時間に話題になっていた。
 そんなある日、この番組で、ヴァン・ヘイレンのデビューアルバムを紹介した。最初に「ユー・リアリー・ガット・ミー」を聴いた時、エドワード・ヴァンヘイレンのギターテクニックが物凄い事は、すぐに分かったのだが、何よりも感動したのは、彼のギターの音色だった。
 今まで聴いた事も無いような図太いけれど、暖かみのある音で刻まれるシンプルなバッキングを聴いて、直感的に
「これは買いや~!」
 と、感じた僕は、次の休みには、当時蓮池町の電停前にあったミヤジ電気へ自転車を飛ばして、彼らのデビューアルバム「炎の導火線」をゲットした。
 その晩から、じっくりとこのアルバムを聴いたのだが、「ユー・リアリー・ガット・ミー」のみならず、全ての曲がシンプルだけど迫力満点でとてもかっこよかった。
「あ~アメリカのバンドやな~。イギリスやとこうはいかんわ。結局ロックはシンプルにぐんぐん押しまくるのが、1番かっこえいんやなぁ~。」
 と感じた。
 それまで、僕はブリティッシ系の感情的で湿ったロック(←こういう表現しかできないけど正直な感じ)を中心に聴いてきたが、この頃からストレートで明るいアメリカンロックにも目覚めて(←それまでは、食い足りなさがあったんだと思うが、この頃から能天気な馬鹿に拍車がかかってきたのだ。)だんだんと聴く音楽の世界が広がっていった。
 そうこうしているうちに、確か“ヴァン・ヘイレンが来日して東京でコンサートをした”という記事を、ミュージックライフかなんかの雑誌で見かけた。
こういう時の僕らの反応はいつもだいたい決まっていて、
「東京の高校生はえいぞにやぁ~。ヴァン・ヘイレンでも、レインボーでも、クイーンでも何でも見放題やか~。」
「まっことそうやにやぁ~。高知へ来るがは、馬場全日本プロレスだけやか。ヴァン・ヘイレンあたりもちっとは来たらえいのに。」
「まあ、無理じゃろうにやぁ~。来たち、コンサートが出来る場所がないじゃか。そこら辺でヴァン・ヘイレンが音出してみ~、近所のオバアが死ぬちや。」

 なんて事を言いながら、東京の高校生を激しく羨ましがったものだ。
 雑誌の記事で特に注目したのは、評論家の感想みたいな所に、
「ヴァン・ヘイレンは今まで来日したバンドの中で1番音が大きいと思う。」
 と、書かれていた事だった。
 この一文を読んだ時、エドワード・ヴァンヘイレンが汗を飛び散らせながら、大地を揺るがすような図太いディストーション・サウンドを自由に操る姿が、頭の中にポッと浮かんだ。
 さて、今聴いてみると・・・・。
 なぜか、あの当時ほど、ギターの音色に心が動かされない。なんで?。
 まあ、考えてみるに、ヴァン・ヘイレン以降、似たような音を出すギタリストが筍みたいに出てきて、耳がすっかり慣れてしまったせいかも知れない。
 でも、エドワード・ヴァンヘイレン独特の突き刺さるようなリフ、うなるようなアドリブ、(←ライトハンド奏法もやっぱすごいぞ)シンプルでかっこいいバッキング、どれを取っても超一流(←当たり前か?)だと思う。
 当時、さすがに、ヴァン・ヘイレンの曲をバンドで演ろうとは思わなかったけど、僕がアメリカンロックが本当に好きになるきっかけを与えてくれたバンドだと、今でも感謝しています。

Van Halen : You Really Got Me





[M;Van Halen]




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