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土佐のオヤジの音楽昔話 ~ あの頃の曲を聴いてみた ~ 憧れの巨匠話
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イエスばっかり。

2008.09.28 Sun
 昨日は一日中家にいた。で、何をしていたかと言うと、何もしていない。自分の机で漫画を読んだり、昼からビールを飲んだり、昼寝をしたりと、とにかく怠惰な一日を満喫した。
 音楽は自分が好きなイエスのアルバムをほとんど流していた。合計5枚、全部1970年代のイエスの全盛期のアルバムばかりを聴きまくった。
海洋地形学の物語 まあ僕の場合、昔からイエスの大ファンではあるが、昨日は特別イエスが聴きたかった訳ではなく、事の発端は古いカセットテープの中から「海洋地形学の物語」というアルバムを見つけた事が始まりだった。
「あら?そういえばこんなアルバムあったなぁ~。これは俺が好きな頃のイエスでは一番記憶にのこってないなぁ~。」
 なんて考えながら、試しに部屋で流してみた。すると、記憶というのは面白い物で、1曲目が流れ始めると、高校生の頃このアルバムを買った友人が、
「あ~あ・・。これは失敗や。全然良くないわ・・。」
 と嘆いていた事を思い出したのだ。
 確かに曲が長く難解で複雑、それでいてなんとなく盛り上がりに欠ける気がする。でも、アルバムの世界は完全なるイエス・ワールド、全盛期のメンバーでの録音で2枚組の超大作という事もあり、時間をかけて理解すれば、じんわりと分かってくる作品ではないかと思う。そうは言っても、昨日の僕の中では不完全燃焼気味のアルバムだった。
 そこで、
「これは、やっぱキチンとイエスを聴いて勝負せねば!」
 なんて訳の分からない事を考え始めて、CDの棚から「こわれもの」を引っ張り出してきた。
こわれもの 僕は「こわれもの」というアルバムの面白さは、全体に流れている不思議な世界にあると思う。当然、「ROUNDABOUT」や「MOOD FOR A DAY」、「HEAT OF SUNRISE」のように単体の曲としても素晴らしい作品があるが、名曲の間にちりばめられた小作品も、それぞれが強い個性を持っていて、「こわれもの」全体を一つの感動的な作品として認識する事が出来るようになっていると思うのだ。
 昨日聴いて改めてそんな事を感じた訳だが、それ以外にも、ちょっと面白かったのが、意外と全部の楽器の音がクリアに聴こえるという事。かなりシンプルな音の積み重ねで作られている事に驚いた。
 ま、そんな細かい事はどうでも良くて、とにかくこれはやっぱり名盤だ。高校の頃初めて聴いてびっくり仰天した時の事を今でもはっきり思い出す。(←その辺の事はこちらの記事です。)何回聴いても飽きないアルバムだと感じてしまった。
 さて、だんだんと調子に乗って来て、次に流したのが、イエスの3枚目のアルバム「THE YES ALBUM」だ。
ザ・イエス・アルバム 正直言うと、このアルバムに収録されている「THE CLAP」という曲の事を思い出して引っ張り出したのだ。この辺の事はだいぶ前の記事に書いたので(←こちらです。)、ここでは触れないようにするが、昔僕がこのアルバムを手に入れた動機は、この1曲が大好きだった事にある。
 ちょっと話が逸れたが、昨日は「THE CLAP」だけでなく、アルバム全体を意識して聴くように努めた。すると他の曲も実に良いのだ。1曲目の「YOURS IS NO DISGRACE」や3曲目の「STAR SHIP TROOPER」、6曲目の「PERPETUAL CHANGE」などは非常にドラマティックな曲で曲の構成が実に上手いと感じてしまう。
 全体の雰囲気という点では「こわれもの」に軍配が上がるが、個々の曲は決して悪くないと感じた。特に「こわれもの」よりもハードな演奏が多いせいか、よりロック色の強い感じを受けた。
 次はちょっと息抜きのつもりで「究極」を流した。ここまでのアルバムが70年代前半のモノだったが、今度は70年代も後半に入ってからの作品。
究極 実を言うと僕は前出の「海洋地形学の物語」、その後の「リレイヤー」の後に発売されたこの「究極」というアルバムには非常に複雑な感情を抱いてしまうのだ。
 ちょっと説明するのが難しいのだが、「究極」にはそれまでのイエスがやってきた事のいい物が、シンプルに詰め込まれていて、実にきれいに出来上がったアルバムだと感じている。だから、手軽に聴くし、すぐに大好きになった記憶もある。
 でも逆に無駄がない分、コンパクトにまとまり過ぎて、面白味が無いとも感じる。また、ポップになった事で分かり易くなった分、ある程度の複雑さを期待する1人のプログレッシブ・ロックのファンとしても、簡単に判断が下せないアルバムのような気がするのだ。
 そんな訳で、僕の中では聴く度に、常に複雑な気分にさせられる妙なアルバムになっているのだ。
 さて、最後は昨日のメイン、コース料理で言うなら肉料理、運動会で言うなら責任リレー、紅白歌合戦で言うなら大トリ、「イエス・ソングス」だ。
イエス・ソングス 「イエス・ソングス」はこれまで、嫌になる程聴いてきたので、(←全然嫌になってないけどね。)今更何も言う事は無いのだが、とにかく1曲目の「SIBERIAN KHATRU」が始まってからは、只々イエスの繰り広げる大芝居の世界にどっぷり浸かり切って、呆然とし続ける事になるわけだ。
 昨日も、
「俺は結局これが一番いいんだな・・・。しかし、1973年に発売されたアルバムだぞこれは!何て事だ。それにライブ・アルバムだぞこれは。信じられない・・・・。」
 なんて事をビールに酔った頭の中で考えていた。
 思い出すに、昔はこのアルバム、3枚組のLPだった。バカ高くて、高校生のこづかいでは簡単に買えるLPじゃなかった。友人がとうとう購入して、ダビングさせてもらった時の驚きといったらなかった。腰が抜けそうになったかもしれない。僕にとってはそんな驚愕のアルバムなのだ。イエスを聴き続けた締めには、十分過ぎるアルバム、って言うか、
「最後はこれしか無いだろ~。」
 なのだ。
 さて、今回のお話はイエスばっかりで申し訳ない。イエスに興味の無い方は、
『何の事やらさっぱりわからない話』
 だったでしょうが、昨日のオヤジの頭の中はイエス一色だったのです。勘弁願いたい。

    
[M;Yes]



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石川さゆりさん、あんたは凄い!

2009.01.12 Mon
 今年の正月は元日、2日ともに何処にも出かけないで家の中でゴロゴロしていた。従来なら元日は夕方から初詣に出かけるし、2日ともなるとデパートやショッピングセンターへ出かけたりするのだが、今回は喪中という事もあって、炬燵に入ってボンヤリとテレビを眺めながら、酒ばかり飲んでいた気がする。
 そんな正月の過ごし方をしたせいか、気になってしょうがなかったのが、大晦日から正月にかけてのテレビ番組のつまらない事だ。つまらないだけならまだしも、ワーワーキャーキャーと喧しい事この上ない。こんな事を言い始めるとオヤジである事はわかっているのだが、怒られるのを承知で言うと、年末年始のテレビ番組はオヤジの気付かないうちに、頭の悪い若者しか喜ばない恐ろしくレベルの低いモノになってしまった気がしてならなかった。
 ま、我家の息子達もそんなテレビを見ながらゲラゲラとバカ笑いをしているので、オヤジが書けば書くほど自分の分身がアホである事を世間に晒す事となるのでこれくらいにしておくが、とにかく大晦日からしばらくの間は、テレビのスイッチを入れる毎に、うんざりしていたのだ。
天城越え でも、そんなオヤジにも神様はキチンと感動できるテレビの一場面を用意してくれていた。それは何かというと、年末恒例の紅白歌合戦石川さゆりが歌った「天城越え」なのだ。
「また、自分勝手な話を・・・。」
 と思うであろうが、感動してしまったものはしょうがないのだ。話を聞いてくれ。
 僕はNHKホールの奈落から前奏に乗ってせり上がってきた石川さゆりの姿を見て、一瞬のうちにブラウン管に目が釘付けになり、あっという間に彼女の作り出す「天城越えワールド」(←そんな言葉無いだろうけど・・・。)の虜になった。
 まずは前奏。ギタリストのマーティ・フリードマンが演奏するという演出も、オヤジとしては、
「へ~っ、面白いんじゃない?」
 なんて思ってしまった。だって、よく聴くとこの曲の前奏は泣きのギターをギンギンに聴かせるロックだ。(←言い過ぎだけど・・・。)これから訪れる感動への幕明けの演出としては、派手で実にカッコいいと思ったのだ。
 そして、歌が始まると歌詞の一つ一つから伊豆の美しい風景が頭の中に立ち上がって来る。(←行った事無いから想像の風景だけど・・・。)サビの部分からは、女性の熱い思いが情感豊かに伝わってきて鳥肌が立ちそうになってしまった。
 また、間奏での石川さゆりの表情がメチャクチャ良い。歌詞同様に芯が強そうで情が深い女性のイメージの顔になっているのだ。
 僕はこの数分のステージを見ただけで、
「やっぱり一流のプロってのは違うぞ・・・。ホンマに上手い。冗談抜きで鳥肌立ちそうじゃ!」
 そう感じたのだ。
石川さゆり ベスト&ベスト さて本日は成人の日で、年が明けて早くも10日以上経っているが、僕はこの記事を書きながら年末の事を思い出そうと、バックで石川さゆりのベストアルバム「石川さゆりベスト&ベスト」を流している。何年か前にダビングしたMDだが毎年1~2回は必ず聴くアルバムで、前出の「天城越え」以外にも名曲「津軽海峡冬景色」や僕の好きな「能登半島」などが収録されている。
 毎度の事ながら、耳を傾けると歌詞の風景が頭に浮かんできて、その中から女性の熱い思いが溢れ出る、いわゆる『演歌お約束のパターン』を楽しんでいる。でも、『お約束』とは言いながら、石川さゆりが歌うから詞の内容が心に響いて楽しめるのであって、そこら辺の演歌歌手では、絶対にこうはいかないのだ。
「ああ・・・、頭の中に年末の熱いステージが再び蘇ってくる・・・・。」
 って、イカンイカン。ボーッとしてしまった。
 気を取り直して話を続けるが、こんな風に僕は従来から石川さゆりが大好きなので、「天城越え」「津軽海峡冬景色」も時々カラオケで唸ったりするのだが、あの迫力あるステージを頭に浮かべると、赤い顔してヘラヘラ歌っている自分が情けなくなってしまう。でも、
「今年のカラオケでのオヤジの歌い始めは、石川さゆりだな!」
 などと、心に決めたりしているのだ。(←ホントにバカだ。)
 話は変わるが、このベストアルバムに収録されている「ウィスキーが、お好きでしょ」という曲の事を忘れないうちに話しておきたい。テレビCMで有名なこの曲、演歌ではないが、実に名曲だと思うのだ。色気のある石川さゆりの声で優しく歌われると、洒落た都会の静かな酒場とそこに居るイイ女のイメージが頭をよぎる。
「大人の酒はこうじゃないといけないよな!」
 なんて思いながら、どんどん想像が膨らんで、挙句の果てに、単純なオヤジは
「今夜は美味い水割りを飲んでやろう・・・ウヒヒヒッ!」
 などと考え始めるのだ。
 イカン、また話が変な方向へ行きそうなので軌道修正して、まとめに入るが、とにかく今回の記事は、
「年末の石川さゆりにオヤジは感動したぞ!」
 という事を言いたかったのだ。
 ここで改めて、オヤジは石川さゆり嬢に礼を言いたい。
「2008年の最後に、あんな凄い歌を聴かせてくれてありがとうございました。オヤジはホントに感動しました。石川さゆりさん、あんたは凄い!これからも、素晴らしい歌を歌い続けて下さい。」
 以上。

天城越え : 石川さゆり


 


[Music-石川さゆり]


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ジャコ。

2009.02.15 Sun
 好きなのに滅多に聴かないジャズミュージシャンていうのが結構いる。ざっと挙げてみると、バド・パウエルクリフォード・ブラウンエリック・ドルフィーチャーリー・パーカージョン・コルトレーンマイルス・デイヴィス。これらの方々のアルバムは1年に2~3回聴けばいい方だ。理由は何となく疲れるような気がするからだ。それも当然で、僕が音楽を聴こうとするのは平日なら寝る前、休日なら午後から夕方にかけてが多く、
「ジャズでも聴いて疲れを癒そう・・・。」
 という気持ちが働く事が多い為、無意識に個性の強いミュージシャンのアルバムを敬遠する傾向があるのだ。
 逆に、
「何か元気になる曲を!」
 と思う時は、ロック系のアルバムを選ぶ事が多く、結局はこれら大御所達のアルバムは棚のお飾りのような気がしているのだ。
 いつも思うのだが、こういうミュージシャンのアルバムを聴くには、何かきっかけが必要で、ちょっとした事で、
「そういえば、久しぶりに聴いてみるかな?」
 なんて思い始めるものなのだ。
ジャコパストリアスの肖像 なぜ、こんな事を考えたかというと、僕は先週30代の初めに購入した1冊の本を再読した。それは、ビル・ミルコウスキー著の「ジャコ・パストリアスの肖像」という本で、天才ベーシスト、ジャコ・パストリアスの生涯を綴ったモノだ。
 このジャコ・パストリアスというミュージシャンも、学生時代はそれこそ神のように崇めて、度々聴いていたのに、この所随分と御無沙汰している。前出の大御所達と同じように、最近は彼の音楽も疲れるような気がしてならないのだ。
 僕は大学生の頃にベースを弾いていた関係上ジャコのアルバムを聴くと、あの物凄いプレイに耳がいってしまい、必死になって音を追いながら聴き入ってしまう。しかし、これだけがジャコの音楽を聴いて疲れる理由ではない。それ以上にジャコ・パストリアスという演奏家から立ち上がる苦悩と狂気に圧倒され疲れる気がするのだ。
 「ジャコ・パストリアスの肖像」という本の後半部分には、ジャコが薬と酒に侵され奇行を繰り返し徐々に死へ向かって崩壊してゆく過程が描かれている。あれだけ自由で個性的な演奏をし、バンドマスターとしてビッグバンドを率いていた天才ミュージシャンが、実際は非常に繊細な神経の持主で、ライブでの聴衆の反応を異常に気にして、
「よりハイレベルな演奏をしなければならない・・・。」
 という気持ちがどんどん強くなり、最終的にはプレッシャーに押しつぶされる。コカインに手を出し、浴びるほど酒を飲み、死ぬ直前には住む家も無く公園で寝泊まりし、道行く人に、
「俺はウェザー・リポートのジャコ・パストリアスだ。金を貸してくれ!」
 と言っては、タカリのような事をしていたのである。
 僕は昔から、ジャコの音楽には、
「どんな演奏にも結局は満足できずに、最終的には自分で全てをぶち壊してしまう・・・。」
 そんな苦悩と狂気が見え隠れしているような気がしてならないのだ。
ライブ・イン・ニューヨーク・シティー Vol1 今回ジャコに関する本を再読した事がきっかけで、僕は日曜日の午後、ジャコのアルバムを3枚続けて聴いた。何枚か持っているジャコのアルバムの中でも、
「多分、一番疲れるだろうなぁ・・・。」
 と思うアルバム「ジャコ・パストリアス・ライブ・イン・ニューヨーク・シティー・VOL.1」「VOL.2」「VOL.3」だ。このアルバムは本来VOL.7まであるのだが、僕が所有しているのはVOL.4までだ。
「それなら、普通4枚目まで聴くでしょ?」
 と言われそうだが、言い訳させてもらうと、まさしく疲れて3枚聴いた所で嫌になったのだ。
 嫌になったとは言いながらも、アルバムの中身の話をさせてもらうと、まず、音が悪い。こんな音の悪いアルバムも久しぶりのような気がする。これで演奏が悪かったら聴かないのだが、どっこいジャコのベース・プレイは物凄い。何かに取りつかれたように弾いて、弾いて、弾きまくる。
ライブ・イン・ニューヨーク・シティー Vol2 この一連のアルバムを聴いていると、ベースという楽器が本来のベースの役割を担う一方で、非常にアクの強い個性を持った別の楽器としてどんどんと増殖しているような、何とも奇妙な世界を体験できる。これこそジャコの世界であり、彼は他のミュージシャンとのインタープレイによってそれぞれの楽曲を、一回限りの実に不思議で捉えようのない、
「う~む・・・。やっぱりこれはジャコだよな~。とにかく物凄いよなぁ・・・。」
 としか感想が漏らせない代物に変化させてしまうのだ。
 ジャコの音楽から僕は、『音楽がこの世に生れ出てくる時の生々しさと、その音楽が今にもぶっ壊れそうな恐怖感』をビンビン感じてしまう。そして、その生れ出た音楽は、僕の想像をはるかに超えるフレーズだったり、リズムだったり、和音だったりするのだ。僕は、このアルバムのベース・プレイが自分の想像とあまりにかけ離れたモノである事からもジャコの狂気を感じてしまうし、
「それでも、この演奏はジャコ自身、不満を感じているんだろうな~。」
 なんて事を想像し、ジャコの苦悩も感じてしまうのだ。
ライブ・イン・ニューヨーク・シティー Vol3 そうは言っても、アホオヤジの
「天才ミュージシャンのベース・プレイが自分の想像と違う!」
 だとか、
「天才の苦悩を感じる!」
 なんて傲慢な理由で「疲れる」なんて言うのはジャコの音楽どころか、ジャズを冒涜している事は十分に分かっている。
「お前は聴く資格なし!」
 って言われそうだが、これが今現在のオヤジのジャコの音楽に対する正直な感想なのだ。勘弁してほしい。
 オヤジはこの3枚のライブ・アルバムと一冊の本から、
「天才とキ○○イとは、ホントに紙一重。ジャコ・パストリアスの音楽は常人の域をはるかに超えた、まごうことなきベースの天才の音楽だ。」
 と改めて感じてしまった。

Jaco Pastorius - A Portrait Of Tracy


Jaco Pastorius- Soul Intro- The Chicken


   


[Music Jaco Pastorius]


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