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土佐のオヤジの音楽昔話 ~ あの頃の曲を聴いてみた ~ 憧れの巨匠話
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今年亡くなった音楽家達を思い浮かべて。

2007.12.29 Sat
 今年もあと少しとなり、世の中は正月準備で忙しい事だと思う。僕も今日から、正月休みに入った訳だが、明日から大晦日の昼頃まで、べったりと家の用事に追われる事になり、また年始からガンガン音楽を聴く気にもならず、
「年が明けて4~5日はこのブログもお休みかな?」 
 なんて、気楽に考えている。
 そんな訳で、今日は、一年の締めくくりに、今年亡くなった僕の好きだった音楽家達の思い出を書きたいと思う。全て、手元に音源がある訳ではなく、ただ、思いつくままに書いて行くので、勘違いがあるかも知れないがその辺は、
「思い入れがいっぱいあった。」
 と、言う事で、勘弁願いたいと思っている。






マイケル・ブレッカー


now you see itマイケル・ブレッカー(1月13日逝去)
 高校の終り頃から大学生の間、最も聴いていたサックスは、マイケル・ブレッカーのテナーだ。最初の出会いは高校3年の頃の深町純のライブアルバム。ブレッカー兄弟が鳴らすトランペットとテナーの複雑なリフにノックアウトされて、下宿の部屋で何回も何回も聴いていた思い出がある。その後のステップスやソロアルバムでのブレッカーのプレイは、実に素晴しく、いつも最先端の洒落た感じがしたものだ。
 僕は、マイケル・ブレッカーが死んだ事が頭にあったせいか、今年の春先に、アルバム「NOW YOU SEE IT・・・」を購入して、聴いていた。このアルバムは、90年代のアルバムだけれど、僕が聴き始めた頃よりも格段に進化したブレッカーが楽しめた。また引っぱり出して聴いてみようと思う。






植木等


スーダラ節植木等(3月27日逝去)
 この人が亡くなったのは本当に残念でしょうがない。
 そもそも、僕は植木等のあの
「わはははは~」
 という豪快な笑い声と、
「お呼びでない?」
 のギャグが大好きなのだ。
 「スーダラ節」を初めとする、青島幸男作詞のナンセンス歌謡も大好きで、カラオケでは時々歌う事がある。
 子供の頃から「シャボン玉ホリデー」で慣れ親しみ、大学生の頃にクレージー・キャッツのベストアルバムをレンタルして、ダビングした事もある。その時のカセットテープが行方不明なのが実に悔しいのだが、全曲が植木等の異常なパワーに溢れていて実に面白かった記憶がある。
「元気なオヤジっていうのは、いいもんだよな~。」
 と思わせてくれるアーティストだった。






羽田健太郎


渡る世間は鬼ばかり羽田健太郎(6月2日逝去)
 羽田健太郎は僕の中では“職業ピアニスト”という言葉がぴったり当てはまるような気がするのだ。ジャズでもクラシックでもポピュラー音楽でもホントに上手く演奏し、その上、作曲やテレビの司会など、多岐に渡る才能がある人物だったと思う。
 僕が羽田健太郎を初めて知ったのは、今から20年以上前、日本テレビでタモリが司会をしていた「今夜は最高」という番組だったと思う。コントの一場面に登場して、タモリのリクエストするジャズのスタンダードナンバーを次々に演奏していた記憶がある。この演奏がメチャクチャ上手くて、
「おいおい~。このおじさん一体何者?」
 と、思った記憶がある。
 最近では「渡る世間は鬼ばかり」のテーマが頭にこびりついて離れない。ドラマの内容はともかく、オープニングにかかるあのメロディーは、覚え易く、かつ美しいと思う。一時期、女房からの携帯の着信音は、この曲にしていた。深い意味はないけどね・・・。






マックス・ローチ


drums unlimitedマックス・ローチ(8月16日逝去)
 マックス・ローチのドラムが素晴らしいという事が分かったのは、モダンジャズを聴くようになってからなので、30才近くなってからだ。そうは言っても、彼がメインのアルバムを聴いていた訳では無くて、クリフォード・ブラウンと共演したアルバム「スタディー・イン・ブラウン」ソニー・ロリンズ「サキソフォン・コロッサス」での印象が強い。特に「サキコロ」では、「セント・トーマス」のイントロの印象的なドラムが頭に残っている。
 そんな訳で、僕の頭の中でマックス・ローチ“優秀なサイドメン”というイメージが強い。実際はそんな事はないのは理屈では分かっているのだが、聴いてきたジャズのアルバムに非常に偏りがあって、知識も不足しているのでこんな風に感じるのだと思う。
 唯一彼がメインのアルバムを聴いているのは、「DRUMS UNLIMITED」で、ドラムソロがなかなか面白かった記憶がある。






ジョー・ザヴィヌル

 
ヘヴィー・ウエザージョー・サヴィヌル(9月11日逝去) 
 ウェザー・リポートの演奏にびっくり仰天したのは大学生になったばかりの頃だった。正確に言うと、ジャコ・パストリアスのベースプレイにびっくり仰天したのだけれど。でも、ジャコの自由な演奏をガッチリと後ろで支えていたのがジョー・ザヴィヌルだと僕は思っている。
 この人がウェザー・リポートへ引っ張り込むメンバーは、ジャコは勿論、ピーター・アースキンにしろ、オマー・ハキムにしろ、とんでもない奴等ばかりで、音楽的な才能を見出し、自分のバンドで生かすセンスは、ず抜けていると感じる。
 名曲「バートランド」でも聴いて、思い出に浸りたいと思う。






オスカー・ピーターソン


we get requestsオスカー・ピーターソン(12月23日逝去)。
 先日、朝のニュースでオスカー・ピーターソンが亡くなった事を知った。彼のピアノは、本当に驚異的で、あれだけ滑らかで、音の粒が揃ったアドリブを弾くピアニストは彼以外にはいないと思う。まさしく「鍵盤の帝王」だと思う。一部からは、
「滑らか過ぎてつまらない。」
 なんて悪口を言われていたけど、僕は大好き。
 昔、キーボードのテレビCMでにっこり笑っていたのをとても懐かしく思い出す。
 名盤「WE GET REQUESTS」を改めてゆっくり聴いてみたいと思っている。






 とまあ、こんなところが僕が頭に浮かべた今年亡くなった音楽家達だ。
「他にも色々あるぞ!」
 という意見もあると思うが、個人的にはジャズの大物の死が多い年だったと感じている。
 いずれにしろ、どのアーティストも多かれ少なかれ僕の思い出の中に残っている人達で、ご冥福をお祈りしたいと思う。
 
 さてさて、今回の事を覚えていれば、来年の年末も同じ事をやってみたいと思うけれど、それまでこのブログが続いている保証はないし、いざやってみて、あんまり有名所が並んだりすると、落胆が大きいので、
「出来るなら、来年は死亡ネタは、ない方がいいのだが・・・・。」
と思っている。
 そうそう、そんな事より、自分が死亡しないように来年は飲み過ぎに注意したいと思っている。

 ではまた。

 皆様良いお年を。




[Music Michael Brecker] [Music 植木等] [Music 羽田健太郎]
[Music Max Roach] [Music Joe Zawinul] [Music Oscar Peterson]


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山口百恵に正統派歌謡曲を感じて

2008.01.11 Fri
 年末の紅白歌合戦を見ていて、
「最近は正統派の歌謡曲を歌う歌手があまりいなくなってしまったなあ~。」
 と思った。
 僕が若い頃の紅白歌合戦は、いわゆるプロの作詞家と作曲家が作った曲を歌う歌手がほとんどで、合間に、その年に話題となったニューミュージック系の歌手やグループがちょっと場違いな感じで登場するというもので、現在のように、歌っている歌手のほとんどが歌以外のバラエティーで活躍していたり、バンド系の曲や、フォーク系のグループが幅をきかすという図式はなかったように思う。
 演歌歌手の皆様は、僕の考える正統派の歌謡曲路線を今も進んでいる気がするが、ここで僕が言っているのは、アイドルを始めとするポップス歌手の事なのだ。
 最近は、テレビの歌番組が少なくなったので、しょうがないとは思うのだが、年末のこういう番組を熱燗飲みながらボケーっと見ているオヤジは、正統派の歌謡曲の歌手が激減した事に、ちょっと不満を感じてしまうのだ。
 まあ、こういう事をクドクドと言い出すと、実にオヤジっぽい事はよく分かっているのだが、言わずにはいられないのだ。(←そこがオヤジだって!)コンプリート百恵回帰
 さて、なんで、正統派の歌謡曲なんて話をするのかと言うと、昨年の秋口から、しばらく我が家のリビングで山口百恵のCDが流れていたからだ。女房が家事の合間に流していたこのアルバムは、「コンプリート百恵回帰」というタイトルで、往年の山口百恵のヒット曲を次々と楽しむ事が出来る。このアルバムを何度か聴いているうちに、
「山口百恵って、歌謡曲の王道、正統派だよな~。これこそ歌謡曲の醍醐味だよな~。」
 という感じがしてきたのだ。
 思い出すに、山口百恵という歌手は、僕が小学校の高学年の頃からテレビに顔を出し始め、高校3年の時に引退している。僕が様々な音楽を聴き始めた中学1年から高校3年までの間、ずっとトップ歌手として、歌謡界に君臨していた訳だ。
 驚いたのは、当時歌謡曲にはあまり興味がなかったにも関わらず、このアルバムのかなりの曲が鼻歌以上に歌える事だ。山口百恵なんて全然意識してなかったのに、音の記憶が僕のボンクラな脳味噌に刻み込まれている事にちょっとショックを受けてしまった。
横須賀ストーリー 今回このアルバムを聴きながら考えてみたのだが、山口百恵の魅力は、訴えかけるような印象的な目と全体的に陰のある容姿、少し鼻にかかるような暖かい歌声にあると思う。この雰囲気と歌声が独特の色気を生み出し、聴く人を彼女のオーラが包んで行くのだ。彼女の歌声を聴くと、
「そうそう、こういう歌が街中で流れていた時代が確かにあったぞ~。」
 というなんとも懐かしい思いと、
「最近は、歌でこれだけ色気を感じさせる歌手はいないよな~。しっかし、色っぽいよなあ・・・・。」
 という、オヤジ丸出しの驚きを感じてしまう。
 で、このオヤジが好む色気の原因は、彼女の容姿と歌声によるところも勿論大きいのだが、それぞれの曲の歌詞によるところも非常に大きいと思う。特に阿木燿子の詞はすごい。有名どころの「横須賀ストーリー」「プレイバックPrat2」「美・サイレント」等々、歌われている情景がリアルに立ち上がって来る。詞の内容は、決してハッピー・エンドになりそうな雰囲気は無く、独特の不安感や緊張感があるのだが、そんな情景、雰囲気を鼻にかかった声でクールに歌われると、オヤジはゾクゾクする色気を感じてしまうのだ。
プレイバック・Part2美・サイレント まあ、この色気は35歳を過ぎないと分からない。20代のエネルギッシュなお子様は、エロカッコイイ倖田來未でも見てゾクゾクしていてもらいたいとオヤジは思っている。(←そんな事を言いながら、倖田來未も大好きだけど・・・。)
 冗談はさておき、僕が言いたかったのは、山口百恵のように、雰囲気と歌声で、曲の様々な情景を浮かび上がらせ、一つの世界を作り上げ、そこから、“色気”や“情熱”や、“渋み”のオーラを周りにビンビン発するようなポップス歌手がいなくなった事が寂しいという事なのだ。
 今夜は名曲「さよならの向う側」でも聴きながら、再び山口百恵の魅力を噛みしめたいと思っている。

山口百恵 : さよならの向う側





[Music 山口百恵]


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「アドリブの人」への憧れ

2008.01.27 Sun
 昨年からこんな思い出話が中心のブログを始めたせいで、やたらと昔の事を思い出すようになってしまった。まあ、頭がボケないうちに、思い出した事はなるべく記事にしようと考えているが・・・。
 さて、今回思い出したのは、モダンジャズを聴き始めた頃から現在まで感じ続けている1人の天才への憧れの話だ。
 僕の聴く音楽がモダンジャズが中心となってきたのは、30歳になる少し前の頃で、長男が生まれて間もない頃とダブっている。当時は東京で働いていたが、1カ月の内、10日以上が地方への出張の生活で、新幹線や飛行機での移動中や、仕事が終ってビジネスホテルでくつろいでいる時などに、CDウォークマンでモダンジャズをよく聴いたものだ。
 そもそも、僕がモダンジャズを聴くようになったきっかけは、ある雑誌の記事で、ジャズ評論家の後藤雅洋氏が、
「ジャズ初心者に、モダンジャズを分からせる一番簡単な方法は、「チャーリー・パーカー」を徹底的に聴かせればいい。それで好きにならないなら、モダンジャズは絶対分からない云々。」
 という内容の記事がきっかけだった。
チャーリー・パーカー・ストーリー・オン・ダイアルVOL.1 大学生の頃からモダンジャズのアルバムを何枚か聴いた事はあったのだが、それは特定のギタリストのアルバムだったり、誰でも知っている曲が入っている有名なアルバムがほとんどで、ジャズ本来の次々に湧いて出てくるようなアドリブを楽しんだり、スリリングなリズムの面白さを楽しむような聴き方はしていなかった。
「ここら辺で、ちょっと真面目にジャズでも聴いてみるかね~?また楽しみが増えるかもしれん。」
 当時、そんな簡単な気持ちで、後藤雅洋氏が“徹底的に聴け!”というチャーリー・パーカーの超有名アルバム、「チャーリー・パーカー・ストーリー・オン・ダイアルVOL1」「オン・サヴォイ~マスター・テイクス」「バード~オリジナル・レコーディング・オブ・チャーリー・パーカー」を比較的短期間に購入していった事を覚えている。
 で、別に徹底的に聴いた訳ではないけれど、この3枚のアルバムは僕にチャーリー・パーカーに対する他のミュージシャンとは少し異なる憧れを抱かせた。
オン・サヴォイ~マスター・テイクス 3枚とも古い録音なので、少し音が悪いのはしょうがないのだが、そんな中でも、太く、クリアに聴こえるパーカーのアルトの音を聴いて、僕が感じる事を一言で言えば、
「チャーリー・パーカーは、アドリブの人だ!」
 という事。アドリブへの強いこだわりは、
「曲の中心はあくまでも自らのインプロヴィゼーションで、他にはあまり興味がない。」
 そんな印象さえ受ける。
 それだけに、パーカーの生み出すアドリブはものすごい。
 こんな表現をすると、3流の音楽評論家の決まり文句みたいで嫌なのだが、
「フレーズが次から次へと魔法のように湧き出てきては、空の彼方へ消えてゆく。まるで、鼻歌みたいに楽器を自由に鳴らしている。」
 そんな感じがするのだ。(←文才がなくて、こういう表現しかできないので、しょうがない・・・・。かっこ悪いなぁ~。)
バード~オリジナル・レコーデイング・オブ・チャーリー・パーカー 僕は、パーカーが、アルトを鳴らしながら、
「どうじゃ~。俺にもっと吹かせろ~。滑らかじゃろ~、気持ちええじゃろ~。おらおら~、まだまだ吹くぞ~。」
 なんて叫び、とめどもなく湧いて出てくるフレーズを惜しみなくぶちまけている気がする。それでいて、
「嫌いな奴は、聴かんでもええわい!」
 と誰にも媚びない。
 僕は、
「天才とは、こういうオッサンの事を言うのやね~。なんで、こんなにフレーズがアホみたいに出てくるんじゃろ・・・?才能あふれるという事は、ほんとにすごい事じゃ。」
 と、パーカーの音楽に驚くと共に、強い憧れを持つようになった。
 その後、色々なジャズミュージシャンのアドリブを聴いてきたけれど、パーカーほど苦もなく次々にフレーズを生み出す感のあるミュージシャンはいないと感じる。
 パーカー以外のミュージシャンはアドリブを生み出すのに、若干ではあっても、“苦悩”とか“緊張”とかを感じてしまうが、パーカーだけは、一瞬のひらめきがそのままの形で、次から次へとアルトから噴き出てくる気がしてならない。脳味噌と口と楽器と指が音楽用の回路で繋がっているとしか思えないのだ。
 僕は様々なミュージシャンに憧れを持っているがパーカーに対する憧れは、”楽器が上手くて憧れる”とか“フレーズがカッコ良くて憧れる”なんて言う事ではなく、“本当の天才への憧れ”で、例えて言うなら、超人的な力を持つ宇宙人が回りに畏怖の念を抱かせる事への憧れに似ている。
 僕の中でのチャーリー・パーカーは一連のミュージシャンとは全然違う所に存在する一人の天才なのである。

Charlie Parker: Celerity


 


[Music Charlie Parker]





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