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土佐のオヤジの音楽昔話 ~ あの頃の曲を聴いてみた ~ 大学1回生の頃
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TOTOの「ロザーナ」で驚いた現在進行形の音楽趣味の話。

2009.02.22 Sun
TOTO ?~ 聖なる剣 ~

 前回までの思い出話は浪人時代の事を書いてきたが、ここからは大学時代の曲にまつわる思い出を書いていこうと思う。思い出してみると、僕の大学4年間は、音楽以外でも色々と頭に浮かぶ事があり、それが曲のイメージと重なる事も多いので、またもトンチンカンな馬鹿話になりそうなのだが、どうか勘弁願いたい。まぁ、基本的にこれまでと同じやり方で、お話を進めて行きたいと思うのだ。
 で、早速始めるが、1982年の4月に僕の大学生活はスタートした。ここで少し説明しておくと、僕が入学した大学は東京の西武池袋線江古田という駅にあり、僕が通う大学を含めて3つの大学がこの江古田駅を囲むような配置で立っていた。当時の江古田は学生相手の雀荘や食堂、喫茶店や居酒屋等が並び、駅周辺には学生街の雰囲気があったが、駅から少し離れるとそこには住宅街が広がっており、なんとなくのんびりした雰囲気がある街であった。
 一方、僕が“四畳半流し付き、風呂なし、トイレなし”のアパートを借りたのは下北沢という街だった。この街は今でこそオシャレな街として有名だが、僕の住んでいた頃は、確かにオシャレな店もあったが、どちらかと言えば、安い飲み屋や食堂、古着屋や演劇関係の劇場、ライブハウス、パチンコ店、銭湯、ジャズ喫茶等がグチャグチャに入り混じって、ガード下には闇市の雰囲気が残り、駅周辺は車が入れない小さな路地が入り組んだ混沌とした街であった。
 当時下北沢から江古田までは電車を乗り継いで50分ほどかかったので、
「お前、もっと学校の近くに住めばいいじゃないか!」
 と大学の友人にはよく言われたけれど、下北沢には高校時代のバンド仲間のN田君、H口君、K藤君などが住んでいて、毎晩のように何処かへ集まっては酒を飲んで騒いでいた事もあり、僕自信、学校のそばへ引っ越す気など全然無かったのだ。そんな訳で、僕の中では、
「江古田は大学の仲間達と遊ぶ街。下北沢は高校時代の同級生と遊ぶ街。」
 という妙なすみ分けが自然と出来ていったのだ。
 さて、大学生活も入学式とオリエンテーションが終り正規の授業が始まった頃、僕は高校時代弾いていたギターからベースに鞍替えし、購入するベースを探して、毎日のようにお茶の水で楽器店のハシゴをしていた記憶がある。
 僕がギターからベースに鞍替えした理由は色々あるのだが、今考えると一番の理由はスラップだったと思う。当時はチョッパー奏法なんて言われていたのだが、とにかくこのファンク系のベースの演奏方法に強い魅力を感じて、
「うっしゃ~、大学ではベースで一旗揚げてやろう!」
 などと、アホな事を考え始めていた訳だ。
 と同時に大学生活を送る上で肝心な音楽系のサークルも学内で探していた。色々調べてみた結果、僕のやりたいフュージョン系の音楽が出来そうなサークルは学内に2つあり、『どちらもそんなに変わらない』という事が分かった。
 で、ある日の放課後、
「試しに覗いてみるかな・・・?」
 くらいの軽い気持ちで、僕は当時音楽系サークルが集まっていた体育館の裏へ向かった。
 行ってみると『どちらもそんなに変わらない。』と言われる2つのサークルの部屋は隣同士で、片方のKという頭文字のサークルからは結構上手いフュージョン系の演奏が聴こえていた。一方、もう片方のMという頭文字のサークルの部屋からはボソボソと話し声が聞こえていた。
 練習の邪魔をしては悪いので、僕は話し声のするMの方の扉をノックして、そっと中を覗き込んだ。するとそこには、長髪の男が3人いて、僕の顔を見て
「ん?誰?」
 という表情をした。僕が、このサークルをちょっと見に来た云々の話をすると、
「あ!新人さん?俺達と一緒だ。」
 と言ったのだ。
 僕はこのMというサークルの部室へ入れてもらい、3人の長髪の男性と色々話をする中で、このサークルの事が少しずつ分かってきた。
 まず、長髪の3人は全員僕と同じ新入生で、この内の2人はギタープレイヤーであった。残りの1人はドラマーで、彼ら3人以外にも女性の新人が3人いて、その内の2人がキーボード、一人はギターを弾くとの事だった。
「で、君、楽器は?」
 と聞かれ、僕が、
「ベースだよ。」
 と答えると、3人はニャッと笑って、
「この後、お茶飲みに行かない?」
 と僕を誘ってくれた。
 途中、前出のキーボードの女の子1名が合流し、5人で駅前のマクドナルドでコーヒーを飲みながら、僕は1時間近く彼等4人に
「このサークルに入れ!」
 と勧誘されたのだ。
 結局翌週に新人全員が部室に集まるので、その時にもう一度顔を出す事を約束させられて、その日は帰路についた。
 さて、翌週再びこのMというサークルの部室へ顔を出すと
「おお!ベースが来た、ベースが来た!」
 と、すでに入部が決まっているかのような口ぶりで、先週会った4人が僕の事をその場にいた他の部員達に紹介したのを覚えている。
 その後、部室で好きな音楽などの雑談が続く中で、ドラムのI君とギターのS君、キーボードのS嬢が音を出し始めた。僕は、
「何が始まるのかね?こりゃ楽しみじゃ~」
 と思い、眺めていると、ギターのS君が
「ロザーナやろう!」
 と言ったのだ。
 この一言は当時の僕にとっては結構衝撃的であった。理由を説明すると、「ロザーナ」という曲は当時一世を風靡していたTOTOの代表曲で、音と言い、リズムと言い、当時としては最新のロックである。一方、僕が高校時代にバンドで演奏してきた曲は主として60年代後半から70年代のハードロックが多く、そこから急にフュージョンへと興味が移ってしまったので、80年代初めのこの当時、実際に活躍しているロックバンドについては、かじる程度にしか聴いた事が無かったのだ。
 その時3人で演奏した「ロザーナ」は、正式なモノでは無いにしろ、ギターのS君のスティーブ・ルカサーっぽい音の作りや、S嬢のシンセサイザーの操作には目を見張るモノがあり、同級生とは言いながらも、
「上手いもんじゃ・・・。」
 と思った事を覚えている。
 そして、発売されて一ヵ月も経っていないアルバムの音に、すぐに食いついてゆく彼等の音楽に対する姿勢に妙に感動してしまい、
「こいつらの音楽の趣味は、完全に現在進行形なんや・・・。」
 そう思った事を今でも覚えている。
 さて、久しぶりにTOTOのアルバム「TOTO Ⅳ~聖なる剣」を流したのだが、今聴いても「ロザーナ」を始めとする名曲が並んでいる上に、演奏がしっかりしていて面白い。TOTOというバンドが、当時人気のスタジオミュージシャンの集まりだった事を考えると当然の事なのだが、
「こういう産業ロックの匂いがプンプンする音が出てき始めたのはちょうどあの頃だったよなぁ・・・。」
 なんて実に懐かしい思いがしたのだ。
 この「ロザーナ」の演奏を聴いた事をきっかけに、僕は最新の洋楽に耳を傾ける事が多くなった。当初それはサークルの友人達との会話についてゆく目的があったのだが、今思うと、それが自然と僕の音楽の幅を広げていった気がするのだ。そういう意味では、この「ロザーナ」という曲と、現在進行形で洋楽を聴く同級生達には感謝しなければならないと思っている。
 さて、僕はその後先輩達の猛烈な勧誘にあい、結局このサークルにお世話になる事になった。後で分かった事だが、このMというサークルにはベーシストが2名しかいなくて、その内の1人は4回生で、すぐに本格的な就職活動に入っていく為に、この時サークル全体としてベーシスト不足が深刻な問題になりつつあったのだ。そんな中へ鴨が葱しょって僕がヘコヘコ入って行ったので、強烈な勧誘に合ったのも当然の事だったのだ。
 僕は入部を決めてみたものの、
「ホンマにこのサークルで自分の好きな音楽が出来るのかね?」
 という気持ちと、
「まぁ、なんとなく自由で、居心地が良さそうなサークルだから、エエか・・・。」
 という気持ちが入り乱れたまま、その後しばらく過ごしていた事を覚えている。

TOTO : Rosanna


 


[Music TOTO]



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ザ・クラッシュの「ロンドン・コーリング」で反省した傲慢な音楽の聴き方の話。

2009.03.01 Sun
ロンドン・コーリング

 僕の大学生活は1982年の4月にスタートした。前回の昔話で記事にしたように、僕はゴールデンウィーク明けに学内の「M」という音楽系サークルに所属した。この頃は、このサークルに入部した新人同士が妙に仲の良かった時期で(←その後様々な内紛があり、仲が悪くなるのだが・・・。)よく学校帰りには連れ立って地元の江古田池袋などへ飲みに行った事を覚えている。男が4人、女が3人という組み合わせの総勢7人だったが、我々男4人は男同士のような感覚で女の子達に接しており、また女の子達も割とアッケラカンとしていたので、飲んでも実に面白かった事を覚えている。
 飲みながら話すのは、もっぱら音楽の事で、これまで自分が聴いてきた音楽がいかに良いモノかをそれぞれが独断的に力説する事が多く、この辺の押しつけがましい話は、酒の量が増す毎にエスカレートしていた気がするのだ。
 そもそも、我々7人の音楽的な趣味は全く異なっていた。ドラムのI嵐君とギターのS藤君は70年代のハードロック、もう一人のギターのA木君は、カシオペア一辺倒、キーボードのS木嬢とギターのK瀬嬢は、流行りの洋楽やニューミュージック、もう一人のキーボードのM川嬢に至っては、パンク・ロックが好きだった。その上ベースの僕が、
「ジャズやフュージョン系の音楽が好きですが・・・何か?」
 なんて事を言い始めると、話が合うはずがなかったのだ。そして、この2年後に内紛とモメゴトの末に僕がこのサークルに見切りを付ける原因となるのが、この辺の音楽的な趣味の違いなのだが、その話はまた後で書きたいと思っている。
 話がそれたので元に戻すが、この日も我々1回生数人は池袋の居酒屋で酔っ払っていた事を覚えている。僕の隣の席にはキーボードのM川嬢が座っていた。前出のように、M川嬢の音楽の趣味はパンク・ロックという事もあって、彼女はレザーっぽい黒の上着にミニスカートを履いて、髪は全体的に短くトサカのように立っており、メンソールのタバコを吹かしていた。これで顔が怖かったら、あまりお近づきになりたくないタイプなのだが、M川嬢は細身で目がパッチリした可愛らしい子だったので、そういうファッションをしても、それなりに似合っていたように記憶している。
 一方僕の方は花柄のプリントシャツにオヤジが休日にゴルフに出掛けるようなパンツを履いた当時流行りのサーファーファッションで、どう見ても接点が無い2人が並んで話し込んでいた訳で、今考えると、これはかなり異様な光景だったと思うのだ。僕は、
「こいつの髪の毛、俺より短いぞ・・・。それに、このピアスは痛そうじゃ・・・。」
 なんて事をボンヤリ考えながら、酎ハイ片手に彼女が話すパンク系のミュージシャンの話を聞いていた事を覚えている。
 さて当時の僕は、パンク系の音楽といえばセックス・ピストルズを聴いた事あるぐらいで、あのヘタクソとしか言い様のない演奏とライブの映像を見て、
「こいつらアホちゃうか?」
 くらいにしか思っていなかった。そんな調子だから、いくら彼女がパンク系の音楽の良さを強調しても、あのファッションや暴力的なイメージが頭から離れず、彼女の力説するパンクの面白さは全然理解出来なかったのだ。
 僕が酔って、
「パンクと言えば、セックス・ピストルズだなぁ~。」
 なんて事を言うと、M川嬢は、
「はあ?あんなのイモよ!イモ!あんなの聴いてイイと思う訳?バカじゃないの?信じられない!」
 と酔いが回っているせいか、少々絡み気味に話し始めたので、慌てた僕が、
「ていうか俺は、あれしか聴いた事が無いわけよ。他は知らないの!わかる?」
 そう言うと、彼女は、
「あのねぇK本君。(←オヤジの本名です。)私が好きな音楽が、あんなイモバンドだと思われると心外だから、明日部室においで、凄いアルバム貸すから!分かった?」
 そう言ったのだ。
 で、借りたアルバムがザ・クラッシュの2枚組アルバム「ロンドン・コーリング」だった。M川嬢は、
「このアルバムを聴いてごらんよ。パンクとは言っても、こういう凄い音楽もあるんだから。特に1曲目のロンドン・コーリングは名曲だと思うから、きちんと聴いてね。よろしく!」
 なんて、前日の絡み調子とは一転、可愛らしくLPを差し出したのだ。
 早速、僕はアパートに帰ってこのアルバムをダビングしながら聴いてみたのだが、その時の正直な感想は、
「一体コレの何処が凄いのだ・・・?」
 だった。
 まぁ、当時は聴いている音楽の7割はフュージョンで、残りの3割にニューミュージックや、流行りの洋楽やロックや歌謡曲がひしめいていた訳で、最初っから僕の方に「ロンドン・コーリング」を真面目に聴こうという姿勢が無かった事が原因だと思うのだが、ロクに聴きもしないでジャケットを眺めて、
「こんな皮ジャン着て、暴れるバンドはオシャレじゃないなぁ~。ガキの音楽よ。」
 そんな事を考えてしまったのだ。
 結局この時ダビングしたテープは、2度と聴く事はなく、そのままお蔵入りになってしまった。そして25年以上の時を経て、今から3年ほど前に僕の前にカビだらけで出てきたのだ。僕は、このカビだらけのテープを見てM川嬢との一連のやりとりの事を思い出し、この記事を書いた訳なので、とりあえずは「ロンドン・コーリング」を聴いてみる事にした。
 当時はパンク・ロックに対する先入観と、このジャケットから受ける印象で聴く気にならなかった「ロンドン・コーリング」だが、この年齢になると、これまでにイメージだけで音楽を聴いて何回も失敗した経験があるので、今回はザ・クラッシュの事を事前にネットで下調べした上で、TUTAYAでレンタルし、純粋な気持ちで聴いてみるように心掛けた。で、
「どうだったか?」
 というと、当時の自分の傲慢さと間違いに気が付いたのだ。
 アルバム「ロンドン・コーリング」は、それぞれの曲がバラエティーに富んでクオリティーが非常に高く、ザ・クラッシュというバンドのミュージシャンとしての能力が素晴らしいという事がすぐに分かるのだ。その上、全体を一つの作品として捉えても、申し分のないアルバムだと思うのだ。
 今考えると、M川嬢が言った「凄いアルバム」の意味は、
「純粋に音楽的に凄いという意味で、決して『凄く暴力的だ』とか、『バンドのファッションが凄い』なんて馬鹿な話じゃないんだ・・・。」
 という事が25年以上経って分かったのだ。
 当時僕は、
「パンクなんて喧しい音楽が好きなんて、M川嬢もガキだよな~。」
 なんて思っていたが、実際には、僕の方が本当の事が分かっていない傲慢なガキで、純粋に音楽を聴く事が出来なかったと言う事に気付かされたのだ。
 今夜は、
「今頃そんな事がわかったの?バカ!」
 って、M川嬢が夢に出てきて怒られそうな気がして恐ろしいのだ。でも、
「久しぶりにM川嬢に会いたいよな~。今なら、もっと真面目に彼女の話を聞くのに・・・。」
 そんな事を考えている。

 


[Music The Clash]





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サディスティック・ミカ・バンドの「タイムマシンにお願い」で思い出す新人バンドの話。

2009.03.21 Sat
黒船

 大学生になった僕は、高校の時以上に音楽三昧の日々を送るようになっていた。アパートの部屋ではフュージョンやロックのカセットテープがいつも流れていたし、住んでいた下北沢の駅の近くにあったレンタル・レコード店には毎日のように顔を出していた。通学途中はウォークマンを聴きっぱなしで、授業が終ればサークルの部室で音楽話・・・とまぁ、浪人生活の反動なのか、音楽漬けの大学生活を楽しんでいたのだ。
 ゴールデンウィークが過ぎた頃、僕の所属していた「M」という音楽サークルでは、月末に行われるミニ・コンサートに向けて、各バンドが熱心に練習をしていた記憶がある。このミニ・コンサートは土曜日の午後に、キャンパスの中庭や学生会館の1階のスペースなどで、不定期に行われるコンサートで、『「M」に所属していれば、誰でもバンドを組んでエントリー出来る。』とまぁ、お手軽、お気楽なコンサートだった。
 この頃の僕は、どこのバンドからも誘われる事がなく、そうかと言って同級生同士では全く音楽の趣味が異なるので、同学年でバンドを組む事も出来ずに、
「さて・・・、どうしたモノかねぇ・・。」
 というような状態だったのだ。
 5月も半ばになろうとする頃、サークルの同級生のA木君に学食で会うと、
「おおっ、ちょうど良かった。あのさ、今度のコンサート、新人だけでバンド組んだらどうか?って先輩に言われたんだけどさ、お前どうよ?」
 突然そんな事を言われ、
「どうよ?って、何を演るのよ?皆が気に入る曲なんてないぞ。それに、誰が歌うのよ?俺達みたいにインストが好きならイイいけど、他の奴らは、ロックやニューミュージックだぞ。」
 そう言うと、
「それがさ、新人が入ったのよ。文学部の女だけど、ちょっと変わってて、『歌いたい!』って言ってるらしいんだよ。結構イイ女らしいぜ。」
 ニャニャしながら言うA木君に、
「はぁ?歌いたい?変な奴やな・・。バンド経験者か?」
 と聞くと、
「さあ・・。詳しい事は分からないけど、とにかく部室に顔出してみろよ。会えるんじゃない?」
 そんな事を言っていた。
 その日の夕方部室へ顔を出すと、A木君始め、3~4人の同級生が揃っていて、
「とりあえず、『新人バンド』って事でさ、音出そうよ。ベース弾いてよ。やろうぜ。」
 なんて言われ、
「まぁ、そうだわな。とりあえず何か演奏はしたいわなぁ・・・。」
 そう考えた僕は、あまり深く考えずに、
「そうやな・・。やるか!」
 と、簡単に返事をしたのだった。
 さて、それからが大変だった。なんせ本番まで2週間しか時間が無いのだ。音を出す以前に曲が無い。早速その場にいた数名で色々と選曲を始めたが、いかんせん趣味がバラバラだから、全然決まらない。皆が好き勝手な事を言った挙句に、結局その日は何も決まらず、しょうがないので、
「明日、この場にいない奴等と、『歌いたい!』という女の子も仲間に入れて、とにかく1回生全員で集まって決めようじゃないか!」
 という事になり、我々は帰路についた。
 翌日、改めて1回生全員が学内の喫茶店へ集合したのだが、僕はここで初めて例の『歌いたい!』という同級生の女の子を目にしたのだ。
 この時の事は今でも強烈に覚えているのだが、N本さんという名前のこの女性の第一印象は、
「あら?テニス系サークルの人ですか・・・?」
 そんな印象であった。
 なんせ、服装が当時流行りのハマトラ、髪型は松田聖子みたいで、どう考えても音楽系サークルには似合わない、かなり無理な解釈をしても「フォークソング同好会」的な女の子で、正直な話、
「こんな女の子が人前で歌が歌えるのかね?」
 と思った事だった。(←今考えてみると、僕自身も当時流行りのサーファーファッションだったので、他人の事は言えないのだが・・・。)
 さて、思った通り我々の選曲会議は紛糾した。皆やりたい音楽がバラバラなのだからしょうがないのだ。僕が、
「こりゃ、絶対決まらないな・・・。早くも空中分解だな。」
 そんな事を考え始めた頃、ギターのS藤君が、
「あのさぁ、とにかく時間が無いんだからさぁ、あんまり難しい曲じゃなくてノリのイイ簡単な曲を選ぼうぜ。キャンパスをウロウロしてる学生の足が止まるような分かりやすい曲じゃないと駄目だよ。それから、ボーカルが女なんだから、その辺考えないと・・。」
 なんて実にマトモな事を言ったのだ。
 情けない話だが、この一言で、我々全員の目が覚めた。というより、全員の考え方が変わったのだ。僕も、
「別にこのバンドで大学4年間演奏する訳じゃないし、そんな事より、ノリの良い曲で客を喜ばせた方が面白いぞ・・・。よっしゃ、何でもやるか。」
 と考え始め、S籐君の薦めるニューミュージック系のノリのイイ曲をやる気になったのだった。
 翌日我々は再度集まり、最終的に女性ボーカルの曲ばかり5曲を決めた。バンドの編成は、ギター3人、キーボード2人、ドラム、ベース、ボーカルの8人編成で、合言葉は、
「音の厚みとノリの良さ!」
 これだった。
 その後は、演奏する曲が入ったLPをダビングし、急いでコピーをして、スタジオや部室で練習を重ねた。
 この練習で僕は初めて同級生の演奏技術を知ったのだが、『歌いたい!』と言って入部したN本さんのボーカルは、まあまあで、声は悪くない。ドラムのI嵐君は十分上手い。キーボードの女性2人は、センスがあるし、シンセサイザーの操作に強い。ギター3人のうち2人は普通の大学生レベル、残りの1人は初心者レベルだと感じた。(←自分のベーステクニックはさておいて、こんな事を観察する嫌な性格だったのだ。)
 でも、一番感動したのは、キーボードの女性2人が、N本さんのボーカルに、ハモれる事だった。僕はこんな風に簡単にハモる人間をこの時初めて見て、それだけでバンドの音が格段に厚くなり、良くなる事を実感し、感動したのだった。
「やっぱ、大学ともなると、色々な音楽人間がいるんだよな~」
 僕はそんな事を考え、真面目に練習に打ち込み、当日を迎えたのだ。
 さて、この時に演奏した曲の一つにサディスティック・ミカ・バンド「タイムマシンにお願い」という曲がある。
 今でも思い出すが、全5曲の内で、最後に演奏したこの曲のウケが一番良かった。まぁ、誰でも知っている上に、女性ボーカルを前面に出したノリの良い曲なので、我々がこのバントを組んだ時に考えたコンセプトに一番合っている曲だったのだ。サクラ丸出しで、先輩達が、
「1回生が頑張ってるので、無理矢理盛り上げてやろう!」
 と馬鹿騒ぎするので、その辺をウロウロしている学生も、
「一体何事か!?」
 と随分足を止めてくれたように記憶している。
 そんな事を思い出しながら、サディスティック・ミカ・バンド「タイムマシンにお願い」、久しぶりに聴いてみました。そして、
「やっぱり凄い曲じゃ~、何回も何回も聴きたい~。この曲演奏したい~。」
 そう思って震えてしまったのだ。
 まず、当時から25年以上の時間が経っているにも拘らず、この曲は鮮明にあの時の演奏の事を頭に蘇らせてくれる。何回聴いても楽曲自体が非常によく出来ていて、全く色褪せてないのだ。僕の頭の中では、「タイムマシンにお願い」という曲は、太陽がまぶしく、緑が美しい大学のキャンパスと結びついている。そして、成り行きで組んだバンドにも拘らず、一瞬、
「結構イイじゃない~。」
 そう感じた事を思い出すのだ。
 考えてみると、僕はその後の大学生活でボーカル入りのバンドに何回か参加したが、全部女性ボーカルのバンドだった。この事は、最初の新人バンドで「タイムマシンにお願い」を演奏した時に感じた、『女性ボーカルの気持ち良さ』に関係している気がしてならないのだ。そういう意味では、
「『タイムマシンにお願い』は、僕のバンド活動の中では、結構重要な所にある曲なのかもしれない・・・。」
 そんな事を感じてしまった。
 いやはや、懐かしくも実に名曲なり・・・。

サディスティック・ミカ・バンド : タイムマシンにお願い


 


[Music サディスティツク・ミカ・バンド]


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