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土佐のオヤジの音楽昔話 ~ あの頃の曲を聴いてみた ~ 高校2年の頃
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エアロスミスの「ドリーム・オン」と宴会の思い出話。

2007.10.12 Fri
野獣生誕

 高2になった僕は、部活にバンドにと毎日忙しい日々を過ごしていた。
 が、この頃から他にも忙しい事が出てきたのだ。
「夜遊びである・・・・・。」
 と、いうと大袈裟なのだが、時々友人の家に集まって宴会をしたり、当時高知市内にポツリポツリと出来始めたディスコへ行ったり、友人数人とパブへボトルキープをしてみたり、下宿仲間と赤ちょうちんに入ってみたり・・・とまあ、当時のちょっと悪戯好きな高校生とすれば、よくある事だった。
 こういう悪戯をする時に必ず中心になって仕切るのがH口君であった。
 H口君は僕と同じく中学の頃からバンドを組んでギターを弾いていて、高1の終り頃から、急速に仲良くなっていった記憶がある。その当時H口君は母親と2人で住んでいて、
「おい。今晩、おふくろ出かけておらんぞ~。俺んちで呑もうぜや。一人500円ばあでやろうぜや。」 
 などと、学校の休み時間に言い始め、放課後までに、何人かの宴会メンバーを集めるのである。
 夜8時頃からトリスのジャンボボトルやの純などの焼酎に乾物のツマミなんかで宴会は始まり、少ない時で3~4人、多いときでは10人以上のメンバーが彼の家に集まり、ウイスキーや焼酎をガブ呑みして、無謀にも外を走り回り、毎回、何処かで誰かがゲロを吐いて大騒ぎになるのである。
 今、覚えているだけでも、初めて参加したK松君が身動き出来なくなり、父親が車で迎えに来たり、ドラムのN田君がスーパーの駐車場で気を失い買物カートに乗せて家まで運んだり、ボーカルのH田君と一緒にパトカーから逃げて田んぼに伏せたり、N田君とH田君が公園横のどぶ川に転落したり、夏休みの最終日に宿題をする名目で集まり、結局宴会となって、新学期早々に酒臭いのが教師にばれて、職員室で めちゃくちゃ怒られたり・・・とまあ今考えると馬鹿のオンパレードなのだが、当時の僕達は酒を飲んで騒ぐのが面白くてたまらなかった。(←これは今でも変らないぞ!ゆえに当時ほどでは無いにしろ、今でも馬鹿は直っていない気がする。)
 今、思い出すだけでも、卒業までに10回ぐらいはH口君の家で酒を飲んで宴会したと思う。
 そんなH口君のバンドの十八番がエアロスミスドリーム・オンだった。
 エアロスミスはボーカルのスティーブン・タイラーとギターのジョー・ペリーを中心とした現在でも活躍しているアメリカを代表する大御所ロックバンドだ。
 ドリーム・オンはそんなエアロスミスの代表曲で、バラード調の静かな歌い出しから始まり、後半の重厚な曲調へと盛り上がって行き、最後はボーカルのシャウトが冴える感動の曲だ。
 僕はロックを聴き始めた頃からエアロスミスは時々聴いていたが、どうもアメリカンロックに乗り遅れる傾向があり、あまり真面目に聴いていなかった。
 エアロスミスを真剣に聞くようになったのは、H口君のバンドの演奏を聴いてからで、「ドロー・ザ・ライン」というアルバムが最初だったと思う。搾り出すようなものすごいボーカルのバックで微妙に絡み合う2本のギターの荒削りな音が、乾いたアメリカンロックそのもので、彼らの風貌を想像して、
「このバンドは聴くよりか、見る方がずっとかっこえいろうにゃ~。しっかし、演奏が粗いねぇ~!」
 と思った事だ。
 さて、今回改めて聴いてみた・・・と言いたいのだが、実はドリーム・オンは、高校を卒業した年の春のコンサートで演奏し、それから25年後の去年、当時と同じメンバーで演奏した、僕達にとってはすごい曲なのだ。(←「25年ぶりに同窓会の二次会で演奏しようぜや」などと言い出すのもH君だ。) 
 そういう訳で25年ぶりのコピーをするため、一昨年の秋口から毎日のようにギター片手にドリーム・オンを聴いていた。
 個人的に非常に思い入れのある曲だけに、聴く度に
「えい曲やなぁ~あの頃は(も?)アホやったけど、面白かったにゃ~。」
 と思ってしまうのだ。
 これから先、この曲とどうかかわるか分からないが、生きているうちにあと1回や2回は人前で演奏する曲ではないかと密かに思っているのだ。

Aerosmh : Dream On





[Music Aerosmith]
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クィーンの「バイシクル・レース」は、彼女には迷惑だったろうなあ~と思う話。

2007.10.19 Fri
JAZZ

 僕がクィーンを聴くようになったのは、高1の終りか、高2になってすぐの頃で、アルバム「ジャズ」の中に入っている「バイシクル・レース」という曲がきっかけだったと思う。
 クィーンというバンドは当時僕が読んでいた雑誌(←ミュージックライフとかロッキンfとか。)にもよく紹介されていて、中学の頃から知っていたのだが、あの何とも言えない衣装と化粧がどうも好きになれずにずっと敬遠していた。
 そんな思いを180度変えるきっかけになったのがFMラジオで流れた「バイシクル・レース」だ。
 聞いた瞬間、
「ああっ、これはプログレや~。結構面白いぞ~。」 
 と思い、流れるようなベースラインと美しいボーカルが忘れられなくなった記憶がある。
 数日後、早速「バイシクル・レース」の入っているLP「ジャズ」を購入した僕は、すぐにこのアルバムが大好きになった。(それと、中に入っていた、自転車にまたがった大勢の美女たちの見開きヌード写真もこのアルバムが好きになるのに随分と貢献したぞ。)
 その後の僕は、あっちこっちからクィーンのアルバムを借りて、聴いていった。そうするうちにだんだんと
「このバンドはすごいぞ。ハードロックプログレクラシックも何でも有りや~。」
 と思うようになり、例のごとくバンド仲間に
「クィーンはえいぞ、おい、騙されたと思うて聴いてみいや~。」
 と、薦め始め、
「え~クィーンかや?おんしゃあ、気持ち悪いバンドが好きながやにゃ~。大体、あのタイツの股間がもっこりしちゅうがが俺は許せんちや。」 
 などと、反感をくうと、
「顔と衣装と股間は気持ち悪うても、曲は気持ちえいがちや!。フレディーマーキュリーは天才やと思うで~。ブライアンメイのギターの音は気持ちえいぞ~。ジョンディーコンのベースは上手いぞ~。ロジャーテイラーの高音のボーカルはすごいぞ~。とにかくまあ、一回聴いてみいや~。」 
 などと友人にクィーンの良さを分かってもらおうと必死だったが、なかなか上手くいかなかった記憶がある。
 しかし、なんとか回りの人にクィーンの良さを分かってもらいたい伝道師のようになってしまった僕の格好のターゲットになったかわいそうな人がいたのだ。
 当時の僕には付き合っている彼女がいた。まあ、今思うと、
「付き合っている!」 
 と言うほど大袈裟なものではなくて、部活帰りに家の近くまで送って行ったり、休みの日に御飯を食べて映画を見たり、バスでちょっと遠くまで遊びに行ったりする程度の付き合いだった。それでも、デートの前日は、ウキウキして嬉しかった記憶がある。
 そんなデートの間、僕の話す事はどうも音楽の話ばっかりだったのじゃないかと思う。彼女も音楽が好きだったけれど、よくまあ僕の面白くも無い話を飽きもせずにちゃんと聞いてくれたもので、彼女には大変感謝している。(←自分としては馬鹿丸出しで実に恥ずかしい思い出だ。)
 その日も、たぶん僕はクィーンの良さを自分勝手に長々と話して、「ジャズ」のアルバムを無理矢理貸してあげた。LPを手渡す時に、
「ヌードの写真が入っていたらスケベだと思われるとまずい!(←本当はスケベなのに・・・。)外しておこうか?いや、しかしそれは実に不自然やな~。何気ない顔が一番かな?いやでも、何気ない顔だと、スケベが当たり前みたいに思われるかな?」 
 なんて考えながら結局、
「ちょっと驚くかもしれんけど・・・」
 と、言って貸してあげた記憶がある。
 後日彼女が
「変った曲が色々あって、面白いねえ。」
 と、言ってくれたので、私の布教活動も成功して、
「実に、良かった、良かった~。」 
 と思った事だった。
 そんな事を思い出しながら、改めて聴いてみました。
 「バイシクル・レース」は、今聴いても非常にコンパクトにまとまって、かっこいいプログレッシブロックだと思う。特にこの曲のベースはちょっと無いぐらいかっこいい。
 僕は高校を卒業してから大学の4年間はずっとベースを弾いてきたので、ついついベースに耳がいってしまうのだ。たまらずに古いベースを引っ張り出して、少しコピーしてしまった。この曲を聴くと素晴らしいベースラインに乗せて、彼女の顔が浮かんでくるのです。

Queen : Bicycle Race





[Music Queen]


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YMOの「ライディーン」は東京への憧れ。の話

2007.10.26 Fri
ソリッドステイトサバイバー

 僕が高2の頃、土佐の田舎にもテクノ・ポップのブームが急にやって来た。僕はあのシンセサイザーを中心にした無機的な音で構成される曲があまり好きになれず、テクノ・ポップの中でも大御所のように言われていたイエロー・マジック・オーケストラ(以下YMO)でさえも、
「なんかようわからん変なグループやにゃあ。シンセサイザーばっかり鳴らして。大体、こんな曲の何がおもしろいがな?」 
 なんて思っていた。
 しかし僕のイメージとは裏腹に、YMO人気は学校でもどんどんと広がっていって、この前まで、
「やっぱり、キャンディーズランが最高や~。」 
 なんて言っていた奴が、突然、坂本龍一がどうしただの、高橋幸宏がこうしただの言い初めて、非常に驚いた記憶がある。
 また、YMOの影響は音楽だけに留まらず、ステージ上での人民服みたいな衣装や、普段のファッションも田舎の高校生には注目の的であった。
 ちょうどその頃から高知市内の中心街から少し離れた場所にポツリ、ポツリとビギメルローズニコルといったデザイナーズ・ブランドのショップが出来始めた。
 これをきっかけに、もみあげを剃り落としたヘルメットみたいな髪型に、真っ黒なデザイナーズ・ブランドを着て、にきび面にサングラスを掛けた高校生が帯屋町を闊歩するのが見られるようになった。
 女の子もカラスみたいな服を着た、かりあげ頭の奴がうろうろし始めた。これを見て、うちのバンドのキーボードのI川君は、
「なんで不細工な女が、よけい不細工にするがなや?。あんな色の黒い、首の太い女が刈り上げたら、後ろから見たら、漁師に見えるぞ。おい。かつお船にでも乗れや~。」
 なんて言っていた。
 僕らがよく通っていた帯屋町のレコード店の大型テレビも、しょっちゅうYMOのライブの映像を流していが、自転車を止めて暫く眺めても、今一つ良さが分からなかった。唯一、ギタリストで参加していた渡辺香津美のテクニックには、
「さすがに上手いにゃ~。」
 と思った記憶があるのだが・・・。
 でも、そんなYMOの曲から一つだけ強烈に感じた事があった。それは、『都会』という事である。もっと具体的に言うと、
「これは、東京の音楽やな~。」
 という事である。
 「ライディーン」にしろ、「テクノポリス」にしろ、こんなに土佐の田舎者に東京という都会を感じさせる曲は初めてだった。
 当時の僕は、YMO「ライディーン」を聴くと、いつも、実際には行った事がなくて、全くの想像にも関わらず、六本木や赤坂の夜の街でデザイナーズ・ブランドをかっこ良く着こなした奴らが、おしゃれに遊んでいる光景が頭に浮かんでいた。
 僕は少し前から、高校を卒業したら東京の大学に行き、バンドをやりたいと考え始めていた。そんな、東京に対する憧れを持つ田舎の高校生には、曲の好き嫌いは別にしても、YMOはなんとも胸が熱くなるようなグループであった事は確かだ。
 今考えると、僕はなんとなく都会の雰囲気に浸るために、わざわざYMOのLPを友人に借りて、テープにダビングし、下宿の部屋で流していたんじゃないかな?・・・と思う。
 さて、改めて聴いてみると・・・・。
「あらら~!?」
 なんとも、シンセサイザーの音が薄っぺらに聴こえてきて、
「ん?当時の音ってこんな音やったんや~。これでも、最先端の楽器やったんやな~。そう考えると今の技術はすごいにゃ~。」
 と、素直に30年近い時の流れと技術の進歩を音で実感してしまった。
 そうは思っても、昔の音にも懐かしい味があるもので、CD全編、楽しく聴く事が出来た。でも、今となっては、「ライディーン」から、東京のおしゃれな夜を想像する事は、とても出来ないけれど、東京という街と僕とのつながりは、この曲がスタート地点だったのかも知れないと思います。

YMO : Rydeen





[Music YMO]



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