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土佐のオヤジの音楽昔話 ~ あの頃の曲を聴いてみた ~ 2007年05月
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かまやつひろしの「我が良き友よ」と中学入学の話

2007.05.15 Tue
我が良き友よ
 
 僕が中学に入学した年の春は、毎日、毎日晴れていたような気がする。(←あくまでも気がするだけですけど)
 その頃の僕は、一応中学受験に合格して、叔母の家に下宿して(←実家は高知市から一時間ほど車で走った田舎町で、交通の便が悪かった)高知市内の、中高一貫教育の中学へ通い始めたばかりだった。小学校時代の塾通いの生活から、やっと開放されて、買ったばかりの大き目のガクランを着て、動きは鉄人28号みたいにぎこちないが、毎日が自由で楽しくてしょうがなかった。
 授業が終わると、新しく出来た友人達と、クラブ見学と称して、校内の色々なクラブを見て回り、時には別の場所にあったグランドまで、テニス部やサッカー部や野球部を見に行ったりもした。
 僕は、バスケット部に入るか、吹奏楽部に入るかを迷っていた時期で、双方のクラブを何度も見に行った記憶がある。
 そうかと思うと、帯屋町のアーケードを、自転車でウロウロして、本屋に入ってみたり、レコード店をひやかしたり、買い食いをしてみたりと、まあ今思うと大した事ないのだが、土佐の田舎町から高知市の真ん中にポッと出てきた僕は、様々な物がとても新鮮に思えた。
 そんな時に、街中でしょっちゅう流れていたのが、かまやつひろしの「我が良き友よ」で、僕は自転車に乗って鏡川に掛かる潮江橋を渡りながら
「下駄を鳴らしてぇ~やつがぁ~来るぅ~」
 と、鼻歌を歌った事を、今でもはっきり覚えている。
 クラスで席が隣になったT田君が
「俺の兄貴がレコード買うたき、テープに録音してきちゃらあや~。明日、空のカセット持ってきや~」
とダビングをしてくれ、そのテープを下宿の部屋のカセットレコーダーでよく流していた。
 当時の僕は、かまやつひろしが、かつてスパイダースで活躍した、その筋では(←どの筋や?)有名なミュージシャンであることも、この曲の作詞作曲が、吉田拓郎だというすごい事実も全く知らず、かまやつ氏の風体を見て
「曲はえいけど、歌手がいかんにやぁ~歌手が!」
 なんて事を平気で言っていた。
 どうして、この曲がそんなに気に入ったのかを考えてみると、答えは、多分、曲のテンポにあるんじゃないかなあ~と思う。スロウでもなく、アップテンポでもなく、実にのんびりと気持ちが良い。中学に入学したばかりで、自由を満喫出来る雰囲気が、このテンポに上手くマッチして、自転車での鼻歌につながっていったように思う。
 さて、改めて今聴いてみると・・・
「やっぱり吉田拓郎やな~・・・上手いよなぁ~」
 と思う。
 あの頃は、気にも止めなかった詞の意味が、今はすごく分かるのだ。(←まあ、当時の僕に、女郎屋通いだの、時を憂いて飲み明かす、だのが分かるわけないのだが・・・。)
 僕が学生の頃には、さすがに下駄を履いたやつも、腰に手ぬぐいをぶら下げたやつも、いなかったけど、結局、発売から30年以上も時間が経っても、若い頃の仲間を懐かしむ気持ちは、どの時代も同じで、この年になると、拓郎の詞が痛いぐらいによくわかる。
 僕は去年、高校卒業25周年の同窓会で、高校の頃のバンドを再結成して、二次会のライブハウスで演奏した。これぞ正に、この曲の最後に歌われている、よき友達と夢を抱えてあの頃へ旅をしたんだと思う。
 久しぶりに聴いてすごく良かったぞ~。
 さて、話はかわるが、その後の僕は、結局バスケット部にも、吹奏楽部にも入部しないで、クラシックギター部に入り、一年後には、吉田拓郎をギター片手に歌うようになっていた。

かまやつひろし 吉田拓郎 : 我が良き友よ





[M;かまやつひろし]

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カーペンターズの「イエスタディ・ワンス・モア」を夏の合宿で知った話

2007.05.16 Wed
ナウ&ゼン

 中学に入学して1ヶ月ほど経った、5月の半ばに僕は突然ギター部に入部した。中学に入って、楽器をやりたいという思いは、少しあったのだが、もっぱら関心は吹奏楽部で、うちの学校に、ギター部がある事は、知らなかった。
 たまたま、廊下で新入生歓迎コンサートのポスターを見て、
「へぇ~ギター部なんてあるがか?う~む、ギターやったら、一人でも曲が弾けるし、おお、そういやあ、家にギターがあるやか!」
 と思った。(僕の実家には、誰が弾いていたのか分からないが、古い腐りかけたようなクラシックギターがあった。)
 放課後、当時中2の教室の前にあった部室に尋ねて行くと、高2の先輩から
 「明日から部室に来たときは、“チワ!”と挨拶しや、それから、先輩には敬語使わないかんで~」
 と教えられ、
「ハイ、ど~ぞ」
 てな感じでギターを手渡され、
「こっちきや~」
 と連れて行かれた教室に入ると、そこには入部したての中1ばかりが4~5人集められて、メトロノームに合わせて練習していた。
 翌日から僕も、毎日毎日クラシックの基本練習をさせられたのだが、同じ中1の仲間がたくさんいたせいか(その後も中1はどんどん入部して、夏前には10人近くなったと思う。)そんなに退屈する事もなく、少しずつではあるが、確実にギターが上達してゆくのが分かった。
 そんな毎日がアッと言う間に過ぎて、1学期の期末試験も終り、学校は夏休みになった。
 我がギター部は、8月の上旬に高知市から車で1時間30分ほどの物部村(今は香美市という。)の長瀬青少年の家(←当時でもかなりオンボロだったんで、今はもう無いんじゃないかな?)で毎年恒例の夏合宿を予定しており、我々中1は、初めての合宿参加に、かなり興奮していた事を思い出す。
 当日は顧問のI先生とOBの大学生は車で出発し、我々学生(←高2から中1までで25人ぐらいいたかな?)は、小型のバスに楽器や荷物を積み込んで出かけたと思う。
 合宿中は基本練習、個人練習、パート練習、合奏、と細かくスケジュールが組まれていて、まあ、朝から晩までギター漬けの数日間だった。
当時クラブ内では、
「夏の合宿で上手くなる」
と言われていたが、その意味がよくわかった。
 でも、ハードな一日の中にも、休憩時間はちゃんとあって、僕達は卓球をしたり、トランプをしたりして楽しんでいた。
そんな時に誰かが持って来たカセットレコーダーからいつも流れていたのが、カーペンターズだった。
 多分、上級生の女子あたりが持ち込んだテープだと思うが、「イエスタデイ・ワンス・モア」を歌うカレン・カーペンターの声を
「きれいな声やなぁ~」
と思った記憶がある。
 顧問のI先生(英語の先生)も
「こういうのは発音の勉強になるで~」
と言っていた気がする。
 さて、今聴いてみると・・・・。
 確かに、カレン・カーペンターは素晴らしく美しい声をしている。(惜しい人を亡くしたもんだ。)
僕的には、定番の「イエスタデイ・ワンス・モア」「ジャンバラヤ」よりも、今回は「マスカレード」にぐっと来た。この曲はジョージベンソンが歌うのを大学生の頃、入れ込んで聞いていたので、とても好きなのだが、カレンが歌うのもすごくいい。
 でも、今聴こうとすると、偏った知識やみょうに肥えた耳が邪魔して、純粋に感動出来ない気がしてならない。単純に
「きれいな声やなぁ~」
と感動していたあの頃の自分がうらやましくなってしまった。
 僕はカーペンターズで初めて洋楽の世界に触れた。初めての洋楽にしては、あまりにスタンダードで女性的だと思うが、あの頃の土佐の田舎のなんにも知らない中学1年生には、カーペンターズがすごく似合っている気がしているのだ。

Carpenters : Yesterday Once More





[Music Carpenters]


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かぐや姫の「22才の別れ」でギターを弾く新しい楽しみを知った話

2007.05.18 Fri
フォーエバー

 中学1年も終りに近づく頃、毎日のクラブでの練習の成果もあって、僕のギターの腕前は、めきめきと上達していた。そんな楽しいクラブ生活の中で、時々、土曜日の午後なんかに、高2のN本部長あたりが
「今日は練習は3時で終わって、後は、みんなあで大統領でもやるかや~?」
なんて事を言い始める。
 大統領というのは、簡単に言うと、反射神経のゲームのようなもので、沢山の人数でやると、酒も飲んでないのに(←あたりまえか・・・)なかなか盛り上がって、面白かった事を思い出す。そして、お決まりの”罰ゲーム”があって、負けたやつは、必ず、”一曲歌え!”という事になるのだ。
 カラオケも、携帯も、無い時代の事で、一曲歌うというのは、アカペラがあたりまえで、こんな時、誰もが歌っていたのは、歌謡曲ではなく、フォーク系の曲だったように思う。(←当時ニューミュージックという呼び方はまだ無かったんじゃないかな?)
 そんな時、高校生の先輩たちは、即席でかぐや姫などのフォークグループを作って、器用にギターで歌の伴奏をし、おまけにコーラスでハモったりしていた。
 それを見た僕は、
「おお~。こりゃ罰ゲームにしては、えらいかっこえいにやぁ~。俺もフォークが弾けるようにならないかん!。弾きながら、歌えないかん。クラシックギターばっかりでは、女にもてんぞ!」
 と、すぐに鼻息を荒くした。
 その後の、鼻息の荒い土佐の少年の行動は、素早く、その日に部室にあったコードブックを、下宿に借りて帰り、翌週には秀才のS藤先輩に、二枚組のLP「かぐや姫フォーエバー」を借りて、テープにダビングしていた。(数ヶ月後には、小遣いで、このアルバムを買ってしまう。)
 当時の僕は、すでにかなり複雑なアルペジオも弾けるようになっていたので、コードさえ覚えれば、意外と簡単にかぐや姫の色々な曲が弾けたように、記憶している。
 中でも入れ込んだのは、「22才の別れ」で、前奏から始まって、途中の12フレットでのハーモニクス、最後のスキャットまで完璧にコピーした記憶がある。
 僕はこの経験で、ギターという楽器を、クラシックの世界からぐっと身近に引き寄せると同時に、ギターの新たな楽しみ方を発見した。
 しかし、その頃、中2になるかならないかの僕は、悲しいかな、この曲の、切ない歌詞の内容が完全に理解できていなくて友達と、
「おい、なんでローソクに、17本目から一緒に火を点けるがなや?」
「あほう。これは17才から付き合いだしたという事よや。」
「17ゆうたら高2じゃか・・・・。おい、うちの学校にも高2で男と付き合いゆう女はおるろうかにやぁ?。」
「そりゃまあ高2ゆうたらだいぶおるろうにやぁ~」

 なんて、馬鹿みたいな事を真剣な顔して話していた。
 さて・・今改めて聴いてみると・・・。昔みたいにギターテクニックだけに傾倒して聞くことは出来ずに、歌詞の方が心に響く。一緒に聴いた「なごり雪」「神田川」「赤ちょうちん」もその他色々な曲も、頭に情景が浮かんできて、ついつい一緒に歌ってしまった。(←高1の息子に“お父さんキモい”と言われたぞ。)
 団塊の世代でもないのに
「あぁ~俺って日本人だな~。年とったよな~。う~ん。わかる、わかる~」
 なんて思ってしまい、血中のおやじ濃度が、急速に上昇して行くのがわかった。
 聴き終わった後で、曲の中身とのギャップが埋まってないことに気が付かないで、ただ必死でギターをかき鳴らして歌う、学ランに帽子をかぶったあの頃の自分を思い浮かべて、
「俺ってかわいかったよな~」
と思ってしまった。

かぐや姫 : 22才の別れ





[Music かぐや姫]




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