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土佐のオヤジの音楽昔話 ~ あの頃の曲を聴いてみた ~ 高校1年の頃
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ビリー・ジョエルの「ストレンジャー」でバッキングに目覚めた話。

2007.08.18 Sat
ストレンジャー

 中学の頃から聞き始めたラジオの深夜放送は、高校になると、毎晩のように聞くようになり、そこで流れる洋楽が楽しみの一つになった。
 学校では、バンド仲間以外との音楽の話は、流行りの洋楽と、歌謡曲が主で、そっちの話も、なかなか興味深く、色々と刺激があった。
 そんな洋楽の中で、この頃、しょっちゅうラジオから流れていたのが、ビリー・ジョエル「ストレンジャー」だ。
 寂しげなピアノと口笛の前奏から始まるこの曲は、ニューヨークを思わせる都会的な雰囲気があって、当時、ほとんどハードロックプログレッシブロックしか聴いた事がない僕でも、すっと気に入って、下宿の部屋で、前奏の口笛をよく吹いていた事を覚えている。
 で、この曲、僕の1年先輩のバンドがよく練習していたのを見た事があるのだが、前奏やギターのリフはカッコ良く決まっているのに、いざ、歌になると、どうもズッコケ気味の演奏であった。
 最初、僕はその原因がどこにあるのか、よくわからなかったけれど、下宿に帰って、改めて「ストレンジャー」を聞くうちに、レコードと先輩たちの演奏が、決定的に違う点がわかってきた。それは、ギターのバッキングの問題であった。
「ギターのバッキングが、レコードと違うんや!それに、バッキングのリズムが悪いから変に聴こえるんや。そういや~あのバンドのギター、ぎこちなかったもんな~。」
 などと、実に、勝手な事を言い、
「こういうふうに弾けば、ええろう。こういうふうに!」
 なんて、ギターを引っぱり出して、コピーを始めた。
 ところが、これが結構難しいのだ。
 考えてみると、それまでの僕は、ギターでのバッキングといえば、ハードロックの、リフの延長のようなフレーズを弾くか、ヴォーカルの合いの手のようなフレーズを弾く曲しか演奏した事がなく、「ストレンジャー」のように、ヴォーカルのバックで正確にコードをカッティングしながら演奏する曲は、初めてであった。
「お?結構むずかしいぞ。何で出来んがな?これはいかん、コードカッティングの練習をもうちょっとキチンとやらないかん!」
 そう思った僕は、それまで、アドリブやリフを中心に曲を聴いていたやり方を改め、それ以上に、歌のバッキングに集中して、曲を聴き始めた。
 こういう聴き方をすると、歌のバックで単純に流れているように聴こえるギターの音も、実に複雑で、プレイヤーのセンスの良し悪しで、曲全体のイメージすら変わるという事にも気が付き始めた。
 ビリー・ジョエルの「ストレンジャー」は、当時の僕に、
「隠れた所に光るギターセンスと正確なテクニックが大事ぜよ。」
と教えてくれたのだ。
 この事は、後に、ほとんどが隠れっぱなしの楽器、ベースを弾き始める僕にとって、とても重要な事で、大学生の頃は、
「隠れた中にセンスを光らせるにはどうしたら良いか?(←センス無いくせに・・・)。」 そればかりをベース片手に考える事になるのだ。
 そんな事を思い出して、聴いてみました。
 問題の、「ストレンジャー」のバックのギターを聴くと、初心者用のコードカッティングのお手本みたいな演奏で、少し笑ってしまった。でも、当時の僕には、こんなギターは絶対に弾けない事が、よく分かる。(←今でも怪しいぞ!)
 ビリー・ジョエルは、高校卒業後も大好きなアーティストで、大学生の頃に、かなり入れ込んで聴いていた事もあるので、どの曲にも思い出があるのだが、特に、「ストレンジャー」は、僕に、ギターのバッキングの重要性を教えてくれた名曲なのです。

Billy Joel : Stranger





[Music Billy Joel]





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カンサスの「超大作」で思い出すお好み焼の話。

2007.08.26 Sun
偉大なる聴衆へ

 高校の頃、僕は毎週欠かさずにNHKのFM放送で「渋谷陽一のヤングジョッキー」という番組を聴いていた。
 この番組は、雑誌の写真でしか見た事の無かった色々なロックバンドの音を実際に聴く事が出来て、情報が少ない土佐の田舎の高校生には、とても有り難い番組だった。年末には、確か「私の好きなロックバンドベスト10」みたいな企画があって、実に面白かった記憶がある。
 カンサス「偉大なる聴衆へ」というライブアルバムを知ったのもこの番組だった。
 イエスやELPなどのプログレッシブロックが好きだった僕は、カンサスというバンド名は知っていたが、実際に聴いた事がなく、“なんとなく荒削りなアメリカのプログレバンド”
みたいなイメージを持っていたが、このライブアルバムをラジオで聴いた時、
「このLPは買いや!カンサス、なかなかえいぞ!えいぞ!」

と思った。
 とは言っても、すぐに小遣いがなくて、結局2ヶ月ほどしてから蓮池町のミヤジ電気のレコード売場で手に入れる事が出来た。(←二枚組みのアルバムなので高かった気がする。)
 翌日から、学校で僕があんまり
「カンサスがえいぞ!中でも超大作の演奏がすごいぞ!おい~。」

と騒ぐので、
「ほんなら、聴かしてみいや~。LP貸してくれや。」

という事になり、まずは、バンドのドラムのN田君に貸し出す事にした。
翌日、クラブが終って、N田君ら同級生数人と
「何か食べて帰ろう。」

という事になり、学校の裏手にあった当時僕らの間で“中納言”と呼ばれていたお好み焼屋に行った。
 この店は、当時の僕らがしょっちゅう寄っては、お好み焼や焼きソバやラーメンを食べて帰った店で、安くてボリュームがあった。中でも、焼きソバがお好み焼の間にサンドイッチされたモダン焼きは他のメニューを圧倒していて、食べ盛りの高校生でも、完食すると、暫くは腹がいっぱいで動けなかったように思う。 店主のおばちゃんは、
「モダン焼きは高校の頃食べよった子でも、卒業して2~3年して懐かしがって食べに来ても、ほとんどの子が全部よう食べんねぇ~。」

 なんて言っていた。
 さて、僕達は、
「おばちゃん、俺、イカ玉の大!」
「俺は、焼きソバの大!」
「俺は久しぶりにモダン焼きにしょうかなぁ~」
「お!モダン焼きか~えらい気合が入っちゅうにゃ~。」
「お~。めちゃくちゃ腹が減っちゅうきねぇ~」

なんて言いながら、一通り注文した後で、僕はテーブルに「偉大なる聴衆へ」のアルバムを取り出して、N田君にこのアルバムの良さを延々と話した記憶がある。
 カンサスの何がそんなに気に入ったのかと言うと、その当時僕が持っていたプログレッシブロックへの不満を少しばかり解消してくれた事だ。
 当時の僕はバンドの上手さは、演奏テクニックが全てだと思い込んでいて、そんな思いからプログレッシブロックが好きになり、イエスにのめり込んできた経緯があった。
 しかし、
「ずっとイエスばかり聴いているわけにもいかず、そうかと言って、僕の思いを満足させるような新たなバンドが無い。」

 という不満が溜まっている時に、変拍子や複雑な曲構成、各楽器のテクニックを楽しめて、ハードロックも感じるカンサスを聴いていっぺんに好きになったのだ。
 今回、改めて聴いてみると・・・。
 そういえば、「すべては風の中に」もカンサスの曲だった事を思い出した。この美しい曲は時々テレビなんかで耳にするのだが、僕の中にあるカンサスのイメージとなかなか結びつかない。僕の中のカンサスは、よりハードで、複雑で、大盛りのお好み焼のイメージなのだ。久しぶりにどんどんと押しまくる演奏を、最後まで聴いて行くとさすがに疲れたが、最近ライブアルバムを聴いて、疲れるなんて事も無かったので、まあ良しとしたのだ。

Kansas-Dust In The Wind





[M;Kansas]



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スコーピオンズの「ヴァージン・キラー」で抱いたヘビーメタルへの違和感の話。

2007.09.07 Fri
ヴァージンキラー

 話は突然始まるのだが、僕が思うに、音楽好きは皆、
「まずは、自分の大好きなミュージシャンやバンドが何組かあって、それよりも多い数の、よく聴くミュージシャンがいて、その周辺には、なんとなく引っかかる、かなりの数の、曲や音楽家がいる。」

 という、例えて言えば、お気に入りの度合いを示したピラミッドか、富士山みたいな三角形の構造を頭の中で自然に構築しているんじゃないかと思うのだ。
 で、高校1年当時、僕の頭の中にあった音楽ピラミッドの真ん中(←富士山で言うなら、5合目付近か?)あたりをうろちょろしていたバンドがスコーピオンズ。(←わかりにくくてすいません。自分のイメージを上手く文章に表現出来ないのです。)
「スコーピオンズのアルバム、ヴァージン・キラーがカッコえいぞ~。」

 という話は、高1になった頃から聞こえてはいたが、当時、アルバムを持っている友達は誰もいなかった。
 というのも、このアルバム、ご覧の通りの、少女の股間が光っているヌード写真がデザインされたジャケットで、おまけに、タイトルが「ヴァージン・キラー」なのだから、恥ずかしくて、レコード店でも、気楽に手に取って、眺められる代物ではなかったのだ。
「よくまあ、こんな問題になりそうなジャケットにしたもんじゃ。これじゃぁ、高知の田舎では売れんぞ!」
「あほう。スコーピオンズが、高知の事まで考えて、アルバムのデザインする訳がないやんか。これは、これで話題作りよ。」
「けど、こんなアルバム彼女にも貸せんぞ!?俺がスケベやと思われるやんか。」
「お前、スケベやんか。」
「へぇ?」

 などと、訳の分からない話を、友人とレコード店でしていたものだ。
 しかし、そんな事ばかりも言っていられないので、僕は、結局このアルバムを購入した。
 で、下宿へ帰って、アルバムタイトルの曲「ヴァージン・キラー」をはじめ、全曲をじっくりと聴いてみたのだが、ここで僕は、
「ん!?このバンド、イメージと曲が違うぞ!」

 と思ってしまった。
 このアルバムを聴くまで、僕の頭の中のスコーピオンズは、その風貌や、蠍のバンド名、挑発的なアルバムジャケットから、非常に攻撃的で、演奏が荒くて重い、ちょっとパンクを感じさせるような、強引なハードロックバンドのイメージがあった。
 ところが、実際に聴いてみると、バックで流れるギターの音は、歪みの強い金属的な音で、決して、重い印象を持たなかった。ボーカルだって、ガンガンシャウトするのは、お約束としても、結構きちんと歌っている。そして、最も注目していたギタリスト、ウルリッヒ・ロートのギターソロは、一方で物凄いドライブ感とビブラートに驚きながらも、同時に、スケール練習のような粒の揃ったアドリブに、ドイツ人独特の几帳面さと、つまらなさも感じてしまったのだ。
「こいつら悪ぶってるけど、ホントは、すごい真面目で、几帳面な奴等かもしれんぞ~。」

 と、密かに思ったものだ。
 ま、彼等が真面目で几帳面かどうかは別にして、一部のスケール練習のような早弾きのアドリブを聴いて、僕は、スコーピオンズというバンドに、何となく薄っぺらな印象を持ったのだ。
 今考えてみると、
「この時初めて、ヘビーメタルと呼んでもいい曲を聴いたのかも知れない・・・。」

 と、思うのだが、結局このスコーピオンズのアルバムをきっかけに、その後、続々と登場するヘビーメタルと呼ばれるバンドに、なんとなく違和感を抱くようになっていった事を覚えている。
 そんな事を思い出して、「ヴァージン・キラー」を聴いてみました。
 改めて聴くと、このアルバム、最近のヘビメタバンドの音(←ロクに聴いた事ないけど・・・。)に比べると、かなり聴き易い。曲の古さも、それほど感じなかった。(←こっちの頭が古いのでそう感じるのかも知れないが・・・。)
 僕は、未だにヘビーメタルに対する違和感が完全には抜けないけれど、このアルバム、当時と比べると、比較にならない程楽しんで聴けると感じた。昔はいちいち気になって引っ掛かった事が、許せるのだ。まあ、それだけ年取って、自分の音楽のキャパが広がったという事なのだろう。(←逆に言えば、こだわりが無くなったという事か?)
「年取るのも悪くないな・・・・。」

 なんて、思わせる一枚でした。


SCORPIONS-VIRGIN KILLER





[M;Scorpions]





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