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土佐のオヤジの音楽昔話 ~ あの頃の曲を聴いてみた ~ 憧れの巨匠話
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アイドル二人

2008.05.03 Sat
 先日テレビを見ながらリモコン片手にポチポチとチャンネルを回していて、ふと手が止まった事があった。それは、1980年代にヒットした歌謡曲を集めた5枚組のCDセットの宣伝だった。CDに収録されているヒット曲が次々と流れるバックで当時の若者や街の様子の映像が流れて、思わず女房に、
「そういえば、俺達もこんな服装して歩いてたよなぁ~。女の子なんて皆こんな髪型だったなぁ~。」
 なんて、話した事だった。
 中でも、猛烈に懐かしく感じたのは、松田聖子中森明菜の二人の女性アイドルの曲である。
 思い出すのに、僕が高校3年生の時に山口百恵が引退し、入れ替わりに松田聖子が彗星のごとく現れた印象がある。その頃からアイドル・ブームが起こり、松田聖子に1~2年遅れて、中森明菜の人気に火が付いたように記憶している。
 個人的には、高校生の頃から松田聖子の方が断然好きで、当時のアルバムを今でも時々聴くが、今回はもう少し冷静に往年の2人のヒット曲から思い出す事を書いてみたいと思うのだ。
青い珊瑚礁 裸足の季節 まず、僕が初めて松田聖子を見たのは、高校3年生の時で、テレビの歌番組で「青い珊瑚礁」を歌っている姿であった。この映像を見た僕は、正直な話、大きな衝撃を受けて、完全に彼女の虜になってしまった。バカバカしい話だが、暫くの間、
「松田聖子、かっわいいぞ~。う~む。あんな彼女がほしいぞ~~。」
 などと真剣に思っていたのだ。
 まあ、この辺の個人的な趣味の話は、改めて記事にしたいと思うので、ここまでにしておくが、「青い珊瑚礁」という曲は松田聖子の初めてのヒット曲で、当時街を歩くと、やたらとこの曲が耳についたような思い出がある。僕は最初の頃「青い珊瑚礁」松田聖子のデビュー曲かと思っていたのだが、後に彼女のファースト・アルバムを聴いて、「青い珊瑚礁」の前に「裸足の季節」という名曲がある事を知った。どちらの曲も10代の女の子の一途な思いを、夏を感じさせるさわやかな歌詞と、ノリの良いリズムに乗せて歌い上げる曲で、聴いていて実に気持ちがイイと思ったものだ。
「高校3年という卒業を控えたなんとなく寂しい気持ちを、松田聖子の明るい曲は吹き飛ばしてくれる・・・。」
 当時の僕はそんな事を感じていたのだ。
 その後高校を卒業し、1年の浪人生活を経て大学に入学しても、僕の松田聖子ファンは続いていて、その頃には、松田聖子は日本を代表するトップアイドルになっていた。
赤いスイトピー 当時の曲で「赤いスイートピー」という曲がある。大人しく真面目な男に、これまた大人しいティーン・エイジャーの女の子が、そっと寄り添うほのぼのとしたイメージがある純愛路線の曲で、僕が大学に入学した頃に大ヒットしていた。
 僕はこの曲に歌われている“知り合った日から半年過ぎても手も握らない”なんて世界は、
「浮世離れもいいところだな~。」
 なんて感じていて、事実、当時の世の中は、バブルに向かって膨張を始めた頃で、現実の若者文化は非常にバブリーだった気がするのだ。
 にもかかわらず、「赤いスイートピー」は大好きでよく聴いていた。その訳を今考えてみると、この曲に歌われている内容が、現実とあまりにかけ離れた夢の世界のようなので、僕はそこに密かな憧れを持ち、共感していたのではないかと思うのだ。まあ個人的には、この辺が松田聖子の曲を楽しむ真骨頂だと思っているのだが・・・・。
少女A スローモーション さて、僕が浮世離れした世界に淡い憧れをもって松田聖子を聴いている前後に、巷では普通のアイドル路線とは少し異なる曲がヒットしていた。中森明菜の歌う「少女A」である。
 この曲は松田聖子の世界とは正反対で、その辺にいる中学生の女の子が心の底に持っている混沌とした気持ちを上手く表現した事で大ヒットしたと思っている。
 僕はこの時も「少女A」が中森明菜のデビュー曲かと思ったのだが、実はこの曲は2曲目で、松田聖子の時と同様、ファースト・シングルに素晴しい曲があったのだ。「スローモーション」である。中森明菜のイメージからは少し異なる曲だが、落ち着いた雰囲気と、サビの部分の伸びのある声が美しく、名曲だと思っている。
 この頃、中森明菜松田聖子に続いてトップアイドルに登りつめた事によって、僕の中では「陽の松田聖子、陰の中森明菜」という2人のイメージが生まれ、暫くの間は、2人のアイドルのそれぞれの面を楽しんで曲を聴いていた。
北ウイング 大学生活も後半になると、中森明菜はその独特の陰の部分に一層磨きをかけた素晴らしい曲を歌うようになる。「北ウイング」だ。
 当時バブルは膨らみ続け、海外旅行が大流行で、大学生の卒業旅行は当たり前、普段でもホイホイと外国に出掛ける学生が、僕の周りにもたくさんいた。そんな旅の窓口になるのが北ウイング、南ウイング、それぞれの出発ロビーを持つ成田空港だった。一度でも外国へ出かけた事のある連中は、旅行の話をする時、
「出発は、北ウイング?南ウイング?」
 なんて事を聞いていた気がする。
 僕もこの頃、初めての海外旅行を経験し、外国を非常に身近に感じていたので、「北ウイング」に歌われている“彼を追いかけて北ウイングから海外へ旅立とうとしている女性のイメージ”がよく分ったものだ。
 ただ、この曲の真髄は、“何もかも捨てて、彼の元へ身一つで旅立つ女性の心に秘めた熱い想い”にある。僕は、この頃から中森明菜の曲を楽しむ方法は、歌われている女性の熱い想いを感じ取る事にあると思い始めたのだ。
天使のウィンク 一方、松田聖子も、独特のおとぎ話的な世界をどんどんと大きく広げて、ますます現実離れした夢の世界のような曲を出し続けていた。
 またもや個人の好みの話をして申し訳ないが、僕はこの頃の松田聖子がビジュアル的には一番美しいと思っている。歌唱力も完成されて、より一層素晴らしいと思うのだ。(←松田聖子ファンとしては、これだけは、言いたかった!)
 この頃の曲で「天使のウィンク」という曲がある。個人的にはこの曲までが松田聖子のピークだと思っていて、僕の中では
「『天使のウィンク』で松田聖子のおとぎ話的遊園地の世界が完成した。」
 そんな気がしているのだ。
 “おとぎ話的遊園地の世界”と簡単に言っているが、僕のイメージする松田聖子の遊園地はあくまでも、ディズニーランド的な遊園地であって、場末の子供しかいなくて、デートに向いていない遊園地のイメージとは異なる。それだけ松田聖子の曲の世界は大きくて、豪華な気がするのだ。
 さて、「天使のウィンク」を最後に僕はしばらく松田聖子を聴かなくなる。ビジュアル的に彼女は相変わらず好きであったが、おとぎ話的な曲の世界に少し退屈してしまったのだ。
DESIRE 片や中森明菜の方は、割と身近にヒット曲を耳にしていた気がするが、大学も卒業が迫った頃に、衝撃の曲が発売された。「DESIRE」だ。
 初めてこの曲を歌う中森明菜をテレビで見た時は、ホントに驚いた。えらくカッコイイのである。当然「DESIRE」は大ヒットした。
 その後、僕は会社に就職して、宴会の2次会などで当時流行り始めたカラオケへ通うようになると、必ずこの曲で盛り上がっていた記憶がある。どの部署にも一人は「DESIRE」の振付を完璧にコピーした女の子がいて、大胆な振りで歌う女の子に我々若手は、
「ヒューヒューヒュー!」
 なんて軽薄な合いの手を入れながら騒ぐのである。
 どうも、この曲からは薄暗いカラオケスナックと、酒臭い同僚達と、ワンレングスボディコンのOL達の風景が浮かんでしまうのだ。


 さて、ここまで書いてきて、あまりに長い文章になってしまい、我ながら驚いている。こんな長いアホな記事、読む人がいないかもしれないが、そろそろまとめに入らないと、延々とバカ話が続く気がしてきた。ヤバイ、ヤバイ。では、最後に自分の言いたい事だけ書いてまとめてしまおう。


 松田聖子中森明菜には、若い頃の懐かしい思い出がたくさんあるが、今現在でもテレビで時々見かける。そんな時、僕は当時の楽曲のイメージで2人を見ているが、実際、あの頃のイメージからそんなに変わっていないと思っている。
 2人には、“今後また新しい世界を作ってより一層活躍して欲しい!”なんて事は全然思わなくて、時々はテレビに出て、新曲でもいい、往年のヒット曲でもいいので、ただ歌声を聴かせてもらいたいと思っている。
 懐かしい歌声を聴く事で、
「オヤジもまた何か新しい事を思い出すかも知れない・・・・。」
 松田聖子中森明菜には、そういう期待をいつも持っていたいと思っているのだ。


松田聖子 青い珊瑚礁


中森明菜 少女A


松田聖子 赤いスイートピー


中森明菜 北ウイング


松田聖子 天使のウィンク


中森明菜 DESIRE


   
   
[Music 松田聖子] [Music 中森明菜]


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壊れたギターとクラシックギターの真髄。

2008.07.12 Sat
 先週の日曜日、女房と2人で納戸の整理をした。ここ数年間、何でもかんでも納戸の中へ放りこんでいたので、いい加減狭い納戸が物で溢れ、『奥の方まで入って行けないぞ!』という状態になっていたのだ。
 粗大ゴミの日も近かったので、
「一丁、この辺で徹底的に片付けるか!」
 と言う事になり、僕と女房は朝から納戸の荷物を引っぱり出し、整理と掃除を始めた。
 整理をするという事は、簡単に言えば『いらないものを捨てる。』と言う事で、長年たまった包装紙や袋や雑誌、絶対着ない洋服やバザーに出し損ねた引出物などをとにかく思いっ切り捨てる事にして、夕方までかかって我が家の納戸は実に使い易い物になった。
 その晩、夕飯も終り、僕は水割り片手に例の如く自分の机でダラダラとCDを聴いていたのだが、ふと思い立って、納戸から古いクラシックギターを持ってきた。納戸の奥深くにあってここ半年近く触っていなかったのだが、昼間納戸の整理をした時に、
「最近クラシックギターを弾いてないな~。後でちょっと弾いてみるか?フフフッ!」
 なんて考えていたのだ。
無残なギター 早速ケースを開けてみると、
「げ!・・・なんとまあ!壊れている!」
 ボディーからブリッジが剝がれて、見るも無残な姿になっていたのだ。
「こりゃ~、まいったなあ~。いや~、どうしよう・・・。」
 とブツブツ言いながら、僕は無残なクラシックギターを暫くの間呆然と眺めていたのだが、その時頭にポッと一人のギタリストの事が浮かんだ。それはクラシックギターの世界ではあまりにも有名な人物で、ギターを芸術の域まで高めた偉人、神様とか巨匠なんて言われる事もある「アンドレス・セゴビア」だ。
 僕がクラシックギターを始めた中学生の頃、当時所属していたギター部の部室にセゴビアのLPが何枚かあった記憶がある。今思えば、
「あの当時もっと真面目にクラシックギターのアルバムを聴いておくべきだった・・・・。」
 と残念でならない。今となっては、ジャケットのイメージも思い出せないし、実際に聴いた記憶も残っていないのだ。そして現在、僕が持っているセゴビアのアルバムは数年前にダビングしてMDに残っている「セゴビアの芸術」だけなのだ。
セゴビアの芸術 「セゴビアの芸術」を久しぶりに聴いてみると、古い録音なので少々音が悪いが、セゴビアの素晴らしさがビンビンと伝わってくる。
 まず一番に耳に入って来るのが『音の丸さ』だ。
 僕は元来クラシックギターの音は少しエコーのかかったような甘く丸い音が好きで、最近の演奏家が多用する、固くフラメンコギターを連想させるような音質は好みでない。しかし、甘くて丸い音は力強さと広がりを表現するのが難しく、そこら辺のギタリストが多用すると、小さくまとまった単にいやらしい演奏になってしまう事が多くて、実に難しいのだ。ところが、セゴビアはこの辺がめちゃくちゃ上手い。もう聴いていて惚れ惚れするようなトーンの音を「ポーン」と、いとも簡単に出す。この美しくて強い音は、誰も絶対真似出来ないといつも思ってしまう。
 次に印象深いのが、『演奏の広がり』だ。前出の“小さくまとまった演奏”とは正反対の、非常にスケールの大きい演奏が展開する。
「ホンマに1人で、1本のギターで演奏しているのか・・・?」
 なんて思い始めるぐらい、音の広がりを感じてしまうのだ。
 昔あるギタリストの演奏を目の前で聴いた時に、前からも後ろからも音が聞こえるような感じがしたが、セゴビアの演奏も絶対そうに違いないと思っている。いやそれ以上に、横からも、上からも下からも体中が音に包まれたような錯覚を覚えるぐらい、ビンビンにギターが鳴っているに違いないと思ってしまうのだ。
 最後にほとほと感心するのが『曲の歌い方の素晴らしさ』だ。
「楽器は頭で歌いながら演奏しろ!」
 と学生の頃ギター部の顧問の先生に何度も言われたが、セゴビアの演奏を聴くと、心を込めて歌っている事がすぐにわかる。で、この歌心が実に素晴らしい。超一流のセンスを感じるのだ。
 セゴビアよりもテクニックがあるギタリストは山ほどいるが、自分の歌心をこれほどギターで表現できるギタリストは絶対にいない。聴いていて涙が出て、鳥肌が立ってくるのだ。
 僕はこの晩改めて、
「セゴビアの演奏を聴く事がクラシックギターを聴く楽しみの真髄だ。」
 感じてしまい、今後もう少し彼のアルバムを手に入れ、聴いてみたいと真剣に思った事だった。
 さて、このアルバムがきっかけで、僕もセゴビアの演奏のようにはいかないけれど、
「クラシックギターを弾きたい!」
 という気持ちが最近高まっている。が、情けない事に、僕のクラシックギターは壊れたままで、納戸の奥にしまわれている。
 このギターは僕が持っている楽器の中でも、中学生の時からずっと弾き続けた一番古い物なので、思い入れが大きく残念で悲しい気持ちでいっぱいなのだ。今現在、修理するか廃棄するかで迷いに迷っている。
「ホンマに悲しいよ~~~!どうしよう・・。」

Andres Segovia - Asturias





[Music Andres Segovia]



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「キャンディーズ」のお話。

2008.09.21 Sun
 2か月ほど前、僕は自分の卒業した高校へほぼ25年ぶりに出かけて行った。僕の母校は中高一貫教育の私立校で、現在新校舎への建替工事の真最中だ。この度1期工事が完成し、たまたま僕の息子もこの学校へ通っているので、父兄の新校舎内覧会というのに参加した訳だ。
 僕は内覧会の前に、少し時間があったので学校の周りをゆっくり歩いて一周した。学校の周りに流れているドブ川は、当時のままだし、昔から残っている建物も多い。
「こうやって、じっくり見ると、ずいぶんと懐かしいなあ・・・。」
 なんて思いつつ、学生の頃によく通ったお好み焼き屋の前まで行ってみたのだが、残念ながら、そこは一般の民家になってしまい、当時の面影は全くなかった。
「まあ、あの当時からかなり古い店だったから、残ってないのも当然だな・・・。」
 なんて思いながら、その場を立ち去ろうとした時、妙な光景が頭に浮かんできたのだ。
 こういうブログをやっていると、何をする時でも無意識のうちに記事のネタになるような音楽関連のモノがないか探すのが癖になっている。今回もその辺の『無意識の意識』が働いたのか、記憶の糸を手繰りながら頭の中に浮かんできたのは、一世を風靡した1組のアイドルグループの事だった。
キャンディーズ・ベスト・セレクション 当時中学生だった僕は、部活帰りに、このお好み焼き屋へ寄り道し、友人達と奥の小上がりの座敷に陣取り、古い白黒テレビを見ていた。テレビはニュースのような番組をやっていたと思うが、その番組の中で、アイドルグループのキャンディーズが解散する事が伝えられていた。僕は、キャンディーズ解散のニュースを報道番組に出てきそうな真面目なアナウンサーが伝えている事に妙な違和感を持った記憶が残っているのだ。
 その後、内覧会は無事に終了し、僕は家に帰ったのだが、その時からキャンディーズの事が頭の片隅に引っかかっていて、先週TUTAYAに行くという長男に、これ幸いと、
「ついでにキャンディーズのベスト・アルバムを借りてきてくれ!」
 と頼んでしまったのだ。
 そして、「キャンディーズ・ベスト・セレクション」というアルバムをゆっくり聴いてみたのだが、当時の風景や思い出が断片的に浮かび上がるような気がして、いやはや、実に興味深く楽しかった。そんな訳で、今回はこのアルバムの曲から感じた事をいくつかお話したい。
年下の男の子 まず、最初は、名曲「年下の男の子」
 この曲、僕の中では、キャンディーズのデビュー曲みたいなイメージがある。実際は違うのだが爆発的に売れたのはこの曲が初めてだったような記憶があるのだ。
 小学生の時に見ていた「8時だョ!全員集合」ドリフの横にいつもいるお姉さん達が、ある日突然頻繁にテレビに出るようになった・・・。そんな感じを中学生になったばかりの僕は持っていた。そして、「年下の男の子」という曲で、もともとキャンディーズに持っていたお姉さん的な憧れが増幅され、特にメインボーカルの「ランちゃん」のお姉さん的魅力は、3人の中でも群を抜いており、色気づき始めた中学生には気になって仕方がない存在だったと記憶している。
 また、みっともない話だが、僕はこの曲の中で、
「♪エル・オー・ブイ・イー 投げキッス♪」
 と歌われている『エル・オー・ブイ・イー』の意味が分からず、それが『LOVE』の事だと気が付いたのは、中学一年も半ばを過ぎた頃だったように記憶している。
春一番 次に気になったのが「春一番」
 中学2年の春先に高知市内の帯屋町を歩いていると、やたらと耳に入ってきた記憶がある。当時の僕はこの曲の「♪もうすぐは~るですねえ♪」のサビの部分の3人のきれいなハモりを聴いて、
「へ~っ、キャンディーズって結構ハモるのも上手いんだな~。」
 なんて事をふっと感じた事を覚えている。
 今回ベストアルバムを聴いていても、当時はあまり気がつかなかったキャンディーズハーモニーユニゾンの気持ち良さにあちこちの曲で気が付き、ちょっと感動してしまった。
 その上、「春一番」で歌われる歌詞は、
「雪がとけて川になって流れて行きます。」
 とか
「土筆の子が恥ずかしげに顔を出します。」
 なんて、ノリの良いリズムとは裏腹に、きちんと日本の春の訪れを歌っている事に、感心した。
「そういう時代だった。」
 と言えばそれまでだが、オヤジにとっては、実に分かり易くて、良い歌詞だと思うのだ。
やさしい悪魔 そして、ビジュアル的に最も覚えているのが「やさしい悪魔」って曲。
 初めてこの曲を歌うキャンディーズをテレビで見た時は、ちょっとした衝撃を受けたような気がする。それまでのミニスカートの可愛らしいお姉さんのイメージから一転、レオタード風の大人っぽくセクシーな衣装に変身したからだ。とにかくこの「やさしい悪魔」の衣装は、僕みたいな色気づき始めた中学生には刺激が強く、歌の内容よりも衣装と振り付けの方が頭にこびりついている。
 今回改めて聴いてみると、歌詞の内容もそれまでのイメージとは異なり大人っぽく、落ち着いた印象を受ける。特に中盤の「ランちゃん」がソロで歌う部分のちょっと鼻にかかった声がなんともセクシーで、懐かしさと共に改めてオヤジのスケベ心を誘う、実にいい曲だと感じてしまった。
 それにしても、中学生の時からこの曲に対するオヤジのスケベ心は全然変わってない事に気が付いた。実に恥ずかしいと思ってしまう。
暑中お見舞い申し上げます さて、次はキャンディーズの曲の中で僕が一番好きな曲、「暑中お見舞い申し上げます」だ。
 勝手な意見だが、この曲の完成度は非常に高いと思っている。
 まずは、歌い出しの「♪しょちゅう~~~おみまい、もうしあげます~~~♪」の部分の綺麗なユニゾン、それに続くちょっとコミカルだけど色気を感じる合の手、と、
「キャンディーズの魅力ここにあり!」
 と言わんばかりの曲である。そしてこちらも中盤にちょっとブレイク気味に挿入される「ランちゃん」のソロパートがちょっとしたスパイスのように効果的であり、その上、リズム的にも聴いていて実に楽しく、ついついオヤジは一緒に歌ってしまった。45歳という年齢も顧みず、
「今度カラオケで歌ってやろう・・・フフフッ・・・。」
 なんて、とんでもない事まで一瞬考えてしまった程なのだ。
 ま、その後冷静になって、
「それをやったら人格疑われる・・・。」
 なんて考えて、家で歌うだけにしたんだけど・・・。
 ま、いずれにしても、「暑中お見舞い申し上げます」は、僕の中ではキャンディーズの代表曲な訳です。
微笑み返し 最後は、名曲「微笑み返し」キャンディーズの事実上の最後の曲だ。
 解散が発表された後のキャンディーズは最後のコンサートまでにずいぶんと時間があったような気がする。そんな中発売されたこの曲は、過去に発売された曲の思い出をなぞる歌詞が魅力的で、中学生だった僕も、
「こりゃ~うまい事考えて作ったなぁ~。」
 なんて感じたものだ。
 今回聴いて面白かったのは、
「掃除したてのサッシの窓」
 とか
「畳の色がそこだけ若いわ」
 なんていう、今時の歌詞には絶対登場しないセリフが結構あって、
「うん、うん。そういう時代だったよな~。」
 なんて事を一人納得した事だった。
 ま、いずれにしろこれも名曲。歌詞の巧さと熟達のユニゾンが聴ける素晴らしい曲なのだ。
 さて、キャンディーズの事を思い出していると、それは僕の中学時代とダブっている。中学の3年間にフッと出現して、アッと言う間に消えてしまった。そんなイメージなのだ。当時の僕は、キャンディーズの大ファンという訳では無かったが、なんとなく気になる存在だった事は確かだ。その理由を考えてみると、キャンディーズは当時活躍していた山口百恵のようなオーラを感じる大スターではない。しかし、ちょっと女の子を意識し始めた田舎の中学生にとっては都会のお姉さん的存在であり、非常に親近感が持てるアイドルで、身近で気になる存在だったと思うのだ。
 そういえば、高校生の頃、女の子のタイプを聞くのに、
ランスーミキで言ったらどのタイプ?」
 なんて聞いていたのを思い出した。で、答えは、
「う~ん、ランとスーとを混ぜて2で割ったみたいな感じかな。」
 なんて訳の分からない事を言っていた。
 まるっきりアホだ・・・。

キャンディーズ 年下の男の子


キャンディーズ 春一番


キャンディーズ やさしい悪魔


キャンディーズ 暑中お見舞い申し上げます


キャンディーズ 微笑がえし



[M;キャンディーズ]


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